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通訳案内士のお客様となる方々

私自身、国家試験に受かった直後は、通訳案内士は具体的に何をして稼ぐのか、イメージできませんでした。
合格者を対象とした研修が行われて、それに一週間参加して初めて全容が明らかになった気がしたものです。

しかし、またそれだけでは仕事はできません。
この仕事はほぼ100%の資格者がフリーランスなので、自分で仕事をとってこなければなりません。その極めて高いハードルの越え方は後々お話しそるとして、今日はお客様について記述してみます。

お客様には大きく二種類
端的に申しますと、お金持ちと普通の人です。

お金持ちは1日あたり20万円以上を使われます。その主な使い途はガイドの日当、ホテル代(これは家族など人数が多いとさらに支出は増えますが)、それから車輌料金です。車輌というのは、いわゆるハイヤー。ドライバー付きで1日単位で雇うシステムと言えばお分かりいただけるでしょうか。これは10万円はします。
お金持ちの皆様は富裕層とも呼ばれます。富裕層の1番上はハイエンドとも。名前はともかく、このような方々は五つ星ホテルに毎晩泊まられます。ガイドはホテルのフロントで待ち合わせて観光に行き、また終わりにはホテルまで送り届けます。ガイドが五つ星に泊まる事はあり得ません。少なくとも私の今までの経験では。旅行期間は短くて二週間、最近は日本の円安が喜ばれ、一月滞在して日本中を巡る方々が増えてきました。

もう一方を普通の人、というカテゴリーにしてしまいましたが、この方々だって、かなり暮らし向きはいいです。きちんと働いて、一年に一度か二度、グループツアーに参加するというパターンです。しかもその旅行の範囲は世界各国に及び、一回のスパンは二週間。通常は専用バスに乗り二週間で東京から広島までの有名観光地を1〜2日ずつかけて移動していきます。
この場合、大型バス一台なら40人。そこにガイド一人がついて孤軍奮闘するケースが大半です。お客様の国からツアーリーダーという外国人のガイドがついてくる場合もありますが、基本はガイド一人です。

あなたならどちらをガイドしたいですか?

どちらも一長一短なのです
ガイド初心者には団体の仕事は難しいかもしれません。
迷子をだしたり、旅行の間に体調を崩す人も居るかもしれません。そんな時は依頼元の旅行社にヘルプを求めるしかないですが、そんな大事にならない場合でも問題は山積です。
集合時間を守らない、訪問地や体験プログラム、食事に対する苦情と要望、忘れ物の探索、ホテルの部屋への不満などなど、常にツアー催行を妨げる現象は発生します。
ガイドの仕事は訪問地への道案内と説明だと思われがちですが、バスガイド的側面も団体旅行の場合は強いです。
旗を掲げ参加全員を移動させて、訪問先では歩く事が苦手なお客様を励まし、バスに戻ったらまたバストークで楽しませ、渋滞で時間が押しても焦りは顔に出さず、笑顔で時間通りに1日の観光を終わらせます。観光は旅程表に載っているところは必ず行かねばなりません。契約なので。
全員の名前も、ツアー始まり二日ほどで覚えなければなりません。日本人の団体と違って、外国人は名前で呼ばれる事でガイドと関係性を築いたと感じる人が、私の感覚では100%です。名前を覚えてもらえずに団体の一部として扱われる事は屈辱とすら感じるようです。

一方お金持ちの場合です。富裕層と言われる方々の半数以上がリタイアした熟年のご夫婦です。残り半数弱は親子を核とした家族です。三世代でおいでになるご家族もあります。
名前はもちろん覚えます。旅程はありますが、団体旅行のような縛りは無く、むしろお客様の要望に沿ってどんどん変えて構いません、と依頼元からは指示されています。
集合時間に遅れてその後の予定が押しても、お客様方が承知の上でやっているので、あまり問題にはなりません。急かす方が問題視される場合が多いです。
しかし富裕層の場合は、食事が手配されていない事がほとんどなので、お客様がその日に食べたいものを会話の中から探り出して提案します。リーズナブルで美味しい店なら喜ばれますが、高かったり口に合わない場合には、お客様はガイドを心の中で非難します。食事場所の選び方でガイドの良し悪しはかなり決まってしまうと私は思います。
先程言ったように、行程表の訪問地は目安に過ぎず、気まぐれなお客様が「美術館はイヤだ、酒蔵に行きたい」とか、「古い街並みより刀が見られるところに行きたい」とその日に突然言い出す場合もあります。泣きたいのをグッと堪えて、「ではこちらなどいかがでしょう」と提案してお連れします。その時は酒造りの説明、刀の製造行程や歴史を説明する事が求められます。富裕層が多い個人旅行者をFIT(foreign individual tourist)と呼びますが、FITには臨機応変な対応と地域の熟知、幅広い知識が必須です。

お客様との旅行期間で仕事を選ぶのも一つ
このような事情から、団体ではスルー(through)といって、入国から出国まで二週間付きっきりでガイドする場合が多いです。大勢の方々と関係を築く時間が与えられ、お客様も慣れたガイドに心を許すようになります。
こういうツアーはかなり前からガイドが手配される事が多いので、ガイドは予定を立てやすく、収入が安定します。
仕事内容は旅程通りにやる事が優先されるので、地域や分野のエキスパート的な知識は基本的に必要ないです。しかし、リーダーシップは必須です。

富裕層の個人客は地域のエキスパートを求めますから、地域ごとにガイドを手配する場合が多いです。東京に四日滞在するから、都内在住Aガイド四日間、次は金沢二日で金沢のBガイド二日間という具合です。
それでもいわゆる売れっ子になると、様々な旅行会社から次々と依頼が来て、4月は25日も働いたわ、という場合もあります。
ただ、数日ごとに違うお客様に対応しなければいけないので、頭の切り替えが必要です。その都度相手に合った高いパフォーマンスが求められるので、FITにはFITの難しさがあります。
家庭を持つ主婦ガイドには、宿泊を伴わず自宅から通えるこの仕事は合っていると言えるでしょう。

実入がいいのはどちら?
結論からいいますと、どちらも同じと言えます。

ガイドの報酬は日当です。しかし日払いでは無く、業務終了後に経費の精算書と報酬の請求書を作成して依頼元に提出します。その会社の支払い日に銀行口座に振り込まれます。

団体でも、FITでも日当はほぼ同じです。大手旅行会社ではガイド報酬は一律ですからガイドの力量で日当に差がつく事はありません。
しかしFIT専門の旅行会社ではガイドの力量によって報酬に差をつけているところもあります。ガイドによって報酬が違うなら、安い報酬のガイドに仕事を振った方が利益が上がる、というは素人考えです。ガイドの質はインバウンド旅行会社にとっては生命線ですから、たとえ割高なガイドでも、富裕層にリピートしてもらうには、力量のあるガイドを選ぶ事になります。

ガイドが一生懸命に頑張ると、チップというものが付いてきます。必ずどのお客様もくださるわけではありませんありませんが、チップをもらう瞬間は苦労がら報われた瞬間であり、次のツアーも頑張ろうというモチベーションの源です。相場はありませんが、1日で一万円札をいただいたなら、自信を持っていいと思います。

40人程の団体ツアーでは最後の日にもらうチップの総額が日当の合計に匹敵するような場合もあり、結果として、「団体のスルー専門」となるガイドも少なくありません。

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