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仕事はどうやって取ってくるのか

 通訳案内士という仕事はフリーランスだと申し上げました。
 資格を取ってその翌日から仕事ができるわけではありません。大多数のガイドは、日本の旅行社経由で仕事をもらいます。日本のインバウンド(外国人観光客)専門の旅行社なのですが、大抵は海外の別の旅行社と連携しています。
つまりガイドと顧客の間には、国内外二つの旅行社が介在しているという事です。ガイドを雇う料金は安くはなく、その上二社の利益も含めて旅行代金は設定されています。当然お客様の金銭的負担は大きいです。そこまでお金を払って来てくださるお客様達には、ガイドは最高のおもてなしをしなければ許されないでしょう。

まず履歴書持参で売り込み
 私の場合です。勇気が有るとか無いとかではなく、これしかないと思ったのです。
 通訳案内士試験予備校でもらったインバウンド専門の会社に電話をして、面接の約束を取り付け、面接してもらいました。当時はインバウンド客自体が1000万人に満たない時代でしたから、ガイド需要自体が少ない。ロシア語、フランス語などの希少言語の超売れっ子ガイドでも、年間100日程度の稼働。ありふれた英語ガイドなんて旅行社にとっては「そんなに面接してほしいならやるけど」程度の存在です。しかしそれでも、何のコネも無いガイドの卵としては当たって砕ける方法しかありませんでした。
 今はこれらの業者様方のいずれからもお仕事をいただいていますが、最初の仕事は面接から一年程経過してからやっと少しずついただきました。芸人さん達の芽が出なかった時代の苦労話を聞くと身につまされます。

友人ネットワークが役に立ちます
今、個人客(FIT)のお仕事を主にいただいている会社は、友人達からの紹介です。私がガイドになった頃から、インバウンド専門の社員10人以下で構成するような会社が出来てきました。そういう会社が、将来を見据えてガイド確保に乗り出し友人からの口コミで面接をしてくれました。大抵このような会社は東京のマンションの一室にあり、面接を受けるときは自分一人です。新卒のグループ面接のような大規模なものではありません。履歴書を渡して、日本語で動機や稼働の自由度などを聞かれ、最後に英会話をします。こういう旅行社の社員さんは帰国子女も多く、ガイドより外国語が上手に話せたりします。そこでメゲずに自信を持って受け応えすることが大切です。
 マンションのドアを閉めて、ハアとため息を吐き帰宅してから、なかなか仕事は来ませんでした。窓を開けて「仕事来ーい!」と叫びたくなる衝動に何度も駆られました。もしかしたら面接でしくじったのではないかと不安にもなりました。マニュアルもなく、アドバイスしてくれる人もいないので、面接の受け応えに落ち度があったのでは、と考えが負のスパイラルになっていきました。
 やはり一年程経ってから、半年に一度、三ヶ月に一度、と徐々に仕事の依頼が増えていきました。仕事が来たら断らないのが原則です。春秋のガイドは不足します。そのおこぼれが新人にまわってきたのです。その貴重な機会にいい仕事をして、また次も仕事を任せてもらえるよう頑張るのです。
 あるエージェントさんが、面接のあと言いました。「刀を磨いて待っていてください」と。ガイドの刀は英語力と知識です。仕事が来ない時期に研鑽を重ねて、活躍の場が与えられたら最前線で力を発揮する、まるで武士のような忍耐と努力が必要とされるのだ、とその時思いました。
 現代に話を移しますと、今はオンライン面接が多いです。初めから終わりまで外国人スタッフが全て英語で会社説明と面接をする場合が多いと感じます。インターネット上の通訳案内士情報の検索システムからのアクセスもあります。このような場合、契約に際しては私は条件をよく吟味してサインする事が大切だと思っています。

食べられない時期は誰にでもあるのです
 しかしもうこの時点で、以前やっていた仕事に戻ろうとか、職安で固い仕事を見つけようとする卵たちは結構います。
 一番多いパターンは、英語の場合、塾の先生と両立を試みるスタイルです。もちろん両立は可能です。ガイドの仕事が増えて、もう先生は物理的に無理、という状況で辞められば都合はいいですが、途中で放り出される生徒さんたちはかわいそうです。塾には多くの受験生達がいますから、信義則に基づくならば塾や生徒を優先すべきです。他の職場でも、ガイドの日だけ休みます、という働き方は雇い主からすると、無責任と思われるるかもしれません。
 私は夫がいたので、こんな無収入の状態でも食べる事はできました。男性ガイドも、妻の稼ぎで凌いだといっている人がいました。最初から経済的に自立するのはかなり難しい職業です。そこを何とか乗り越えて、年間150日稼働できるようになれば、一応日本人の平均収入はクリアできると思います。

ガイド専業に踏み出せないもう一つの理由
 
仕事として成立させる事が出来れば、ガイドは向いている人には最高の職業かもしれません。上司や同僚に気を遣わなくて済む、休みたい時は仕事を受けなければいい、ガイドでなければできないような体験もできる。
 しかし、向いていない人にとっては苦痛の側面もあります。当日の事を考えると眠れないのです。初めて会う外国人達を、下見を一度したくらいのよく知らない土地に案内なんてできるだろうか。道間違えたらどうしよう。自分の知らない事を聞かれて答えられなかったらどうしよう。地下鉄の出口、何番だっけ。ランチ場所は気に入ってくれるだろうか。などなど。ガイドの仕事にありついたばかりの頃の私そのものです。新人の頃は前日の用事は全てキャンセルして、ずっとパソコンの前に座って調べものをしていました。
 当日は駅のプラットフォームかホテルのロビーで待ち合わせるのが通常ですが、もうこのままお客様が来なければいいのに、とプレッシャーに負けそうになる事もしばしばありました。
 このプレッシャーに馴染めない人はやがて辞めてしまいます。それはガイド失格という事ではありません。ただ向いていないという事です。そういう人には、毎日同じ職場に行って、昨日の仕事の続きを頑張る、というスタイルの方が向いているかもしれません。私にはそのスタイルが向いていなくて、それ故にこの仕事を続けていると言えます。

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