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いつか観た映画・高橋幸宏『YUKIHIRO TAKAHASHI LIVE 2018 SARAVAH SARAVAH!』(2024年、ライブは2018年)

『Saravah!』は高橋幸宏さんが高橋ユキヒロ名義で1978年にリリースしたソロ・デビュー・アルバムで、2018年、このアルバムを完全再現した一夜限りのライヴ『YUKIHIRO TAKAHASHI LIVE 2018 SARAVAH SARAVAH!』が行われた。この公演を映像にしたものが109 シネマズプレミアム新宿で再上映されるというので、観に行くことにした。先日観に行った坂本龍一さんの『Ryuichi Sakamoto |Opus』と同じ上映館である。

いつか観た映画・『Ryuichi Sakamoto |Opus』(空音央監督、2024年)|三上喜孝 (note.com)

私は、高橋幸宏さんのソロ音楽活動を熱心に追っていたわけではなかった。熱心に聞いていたのは『薔薇色の明日』のあたりで、実はソロデビューアルバムの『Saravah!』は聴いていなかった。しかしこの映画を観て、あらためて幸宏さんの音楽や人間としてのかっこよさを再認識した。
幸宏さんの音楽は、ヨーロッパ、とりわけフランスやイギリスなどの音楽の影響を受けている。考えてみれば、YMOの3人は、その音楽的な出自がまるで異なる。細野さんは日本のフォーク音楽やアメリカのカントリー音楽などの影響を受けているし、坂本さんはクラシックや前衛音楽がもともとの専門だ。かくも音楽的出自の異なる3人によるYMOは結成してすぐに手に負えない「怪物」となり、それぞれの人生を変えていく。『Saravah!』はそれよりも前の、本来の幸宏さんの音楽的出自を知ることのできるアルバムである。
ライブの冒頭の挨拶がよい。
「自分は15,16歳の頃、ピエールバルーがサントラを担当した映画『男と女』を18回観ている。その中で『サンバ・サラヴァ(Samba Saravah)』という曲があり、自分がソロアルバムを作るとしたら、そのタイトルは『Saravah!』にしたいと思い続け、それが叶った。それだけでなく、その後実際にピエールバルーと一緒に仕事ができ、そこから僕は運命論者になった。『この人と一緒に仕事がしたい』と思えば、それがそのとおりになる。そのきっかけを作ってくれたのがピエールバルーだった」
10代の頃に憧れた人と一緒に仕事をする、ということほど幸福なことはない。それが実現したら、ほかのどんなことも実現しそうな気がする。私もまた運命論者である。
ライブは、『Saravah!』のアルバムの曲順に文字通り「完全再現」していた。幸宏さんの歌は衰えることはないし、ドラムのかっこよさも健在だ。世界でいちばんかっこいいドラマーは幸宏さんだという私の印象はまったく変わることがなかった。それだけでなく、坂本龍一さんがビデオ出演したり、細野晴臣さんがゲストで登場してベースを奏でたりと、YMOファンにはたまらない演出だった。
「ようやく26歳の自分に別れを告げることができた」と、幸宏さんは言った。26歳のときにリリースした初のソロアルバムを、40年後の自分が同じアレンジで再び歌を吹き込む。しかもまったく古びていない。
もし音楽に「タイムトラベル(時間旅行)」という概念が許されるとしたら、このライブこそが、究極の「タイムトラベル音楽」である。

終始目を潤ませながらアルバムの最後の曲までを聴いた。プログラムが終わり、いちど舞台袖に下がったメンバーが、再び舞台に立つ。アンコールの1曲目で、幸宏さんはこう言った。
「いままで(ライブで)やったことのない曲をやります。いい曲ですよ。…ちょっとむかしの曲かな…。『四月の魚』です」
イントロが流れた途端、私の涙腺は崩壊した。大林宣彦監督の映画『四月の魚』(1986年公開)のテーマ曲だ!運命論者の幸宏さんをさらに運命論者に仕立てた映画。アレンジもテンポもそのままに、映画の場面を彷彿とさせる演奏だった。

読書メモ・第9回・高橋幸宏『LOVE TOGETHER YUkIHIRO TAKAHASHI 50th ANNIVERSARY』(KADOKAWA、2022年9月)|三上喜孝 (note.com)

そこからはもう怒濤の展開である。これも幸宏さんバージョンで初めて聴いたが、バート・バカラック作曲の『THE LOOK OF LOVE』が演奏され、「バカラックだ~!」と声を上げそうになった。

オトジェニック・高橋幸宏「エイプリル・フール」(ソロアルバム『薔薇色の明日』1983年)|三上喜孝 (note.com)

結局、アンコールだけで5曲も演奏された。贅沢な時間だった。

坂本龍一さんの『Opus』を観たときは、何よりも喪失感が先に立った。でもこの高橋幸宏さんの『 SARAVAH SARAVAH!』には、希望が感じられた。ひとりで演奏しているのと、仲間と演奏しているとの違いなのかもしれない。坂本さんは、ときに孤独な戦いを強いられることもあったのかもしれないが、幸宏さんのまわりには、常に仲間がいた。自分だったらどんな最後を迎えるのだろうと、ふと考え込んでしまった。

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