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あとで読む・第43回・幸田文『木』(新潮文庫1995年、初出1992年)

いまの私を取りまく状況では、一人で映画館に行って映画を観るという行為は至難の業である。とくに週末は絶望的だ。だから、たまたま平日の日中の数時間、一人の時間ができたときは貴重である。進めなければならない原稿を差し置いても、映画館に行くチャンスである。しかし、限られた時間のなかで、自分の観たい映画がその時間に上映されているかどうか、という2つめの難関をクリアしなければならない。せっかく時間がとれても、観たい映画がその時間の内では観られないとか、空いている時間に上映されている映画のなかにはさほど観たいと思う映画がなかったりすることが多い。だが幸いなことに今回は、ヴィム・ヴェンダース監督・役所広司主演の映画『PERFECT DAYS』が、その時間のなかにハマった。
この映画を観たいと思ったのは、TBSラジオ『東京ポッド許可局』で、「パーフェクトデイズおじさん論」というトークが展開されていたことがきっかけである。「おじさん」をテーマにしているこの番組としては、『PERFECT DAYS』は観て語らなければならない映画なのである。
そこでは、3人の芸人独特の切り口での感想がくり広げられる。曰く、役所広司さん演ずる平山は、ピン芸人なのではないか、だって売れてない頃の俺たちの生活もそうだったし、いまでもそういうピン芸人がいることを知ってるもん、とか、最近話題になっていた、爆弾犯が犯行後に長期間身を潜めた生活を連想させるような生活が描かれているんじゃないか、とか、かなり話が盛り上がっていた。それを聴いてしまったら、見に行かないわけにはいかない。幸運なことに、そのチャンスが訪れたのである。

映画評についてはすでに多くの人が語っているので、私の凡庸な感想などはどうでもよいが、幸せな生活って何だろう?と考えさせられた。平山は毎日決まった時間に目覚め、出かけるときは自販機で缶コーヒーを買い、仕事に向かう車の中では1970年代頃のロック音楽のカセットテープをかけ、日中はトイレ掃除の仕事を黙々とこなし、仕事が終わると銭湯に行き、夜は同じ居酒屋で食事をとり、寝る前には文庫本を読む、という生活をくり返している。その一つ一つがさながら儀式である。休みの日も同様である。コインランドリーで作業着を洗濯し、古本屋で100円の文庫本を買い、それを持って馴染みのスナックに行ってスナックのママとの会話を楽しむ。
一見、退屈そうに見えるルーティンが、楽しそうに見える。なかでもルーティンのなかで時々起こるわずかなアクシデントに、よくも悪くも心がかき乱される。だがその心がかき乱される瞬間こそに、本当の幸せが隠れているのではないかとも思わせる。それは平山自身が、日ごろから丁寧に生きているからこそ感じることのできることなのだろう。日々を丁寧に生きるということが尊いものであることをこれほど感じさせる映画はない。私が憧れる生活とは、こういうことなのではないだろうかと気づかされる。
私の視線は主人公の平山以外にも注がれる。平山のまわりで生きている人たちも、日々のルーティンのなかで暮らしているのだ。決して平山だけが特別なわけではない。それらは決して交わることはないが、それこそが人間の暮らしなのだ。

標題の幸田文の『木』は、映画の中に登場する文庫本の3冊のうちの1冊である。映画を観たあと近くの書店で手に入れた。あと2冊の本もいずれ手に入れたいと思う。

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