シュネーさんのこと (子どもとおとなのための童話)
サッポロ
ヒュー ゴウ ビュウ ビュー
音しか聞こえない。
ヒュー ゴウ ビュウ ビュー
青。
ぼんやりと海が見えてきた。
緑と茶色、こんどは陸だ。
「じゃあ」
なかまが、別れていく。
1人、そして、また1人。
陸地が、どんどん近くなってくる。
ドウオウだ。
「それじゃあ」
さいごのなかまが、だんだんと見えなくなる。
オタル、イシカリ、エベツ・・・
記おくをたしかめる。
・・・サッポロだ。
たてものがあらわれてきた。
そのあいま、あいまに、黒っぽいものが見える。
人。
うつむきかげんで、歩きつづける人がいる。
でも、ほとんどの人が立ち止まる。
空を見上げる。
「雪だ 、雪だ!」
小さな子どもたちがさけぶ。
ほいくえんの、うすピンクのおさんぽカートから身をのりだす。
まんめんの笑顔だ。
キラキラとかがやくひとみに、やわらかく、はかない雪が映っている。
カートをおす保母さんも、そのあゆみをとめ、空を見つめる。
子どもたちと同じ顔だ。
「はつ雪ね!」
笑顔をよこ目に、地面に近づいていく。
右足をスッとつけ、左足をおろす。
シュネーは、その半とうめいの体をスッと伸ばすと、せなかの羽をピンと広げた。
大きな、アーモンドのようなペイルブルーの目は、なんでも見とおすように、ふかく澄んでいる。
「そろそろだな」
自分に確かめるように、つぶやく。
しせんを上に向けた。
たんじょう
アスファルトは、その色を白く変えていく。
少しずつ。
少しずつ。
うす化粧をほどこすように。
雪の中に、ほんのちょっと大きな雪つぶがまじっている。じめんにせっすると、少しころがった。
いや、雪つぶではない。動いている。
シュネーと同じすがたかたちのものだ。
心配そうに見ていたが、少しホッとしたようすで、シュネーは、ほおのきんちょうを解いた。
(ちゃくちは、少しうまくいかなかったが、大丈夫のようだな・・・
子どもの笑顔につられて、ずっと笑っていたからかもしれない)
その小さなものは、うっすらと白くなったアスファルトに両手をグッとついて起き上がると、まわりをまぶしそうに見わたす。
初めて見る世界。
大きな、丸みをおびたエメラルドグリーンのひとみが、同じようなすがたかたちのものをとらえる。
(なかまだ!)
目のかがやきが、いっそうこくなる。
シュネーは、小さきもののほうへあゆみを進め、立ち止まる。
「われはシュネー、なかまだ。きみのことは、ユピテルさまから聞いている。きみの名は、フロコンだ」
「フロコン! いい名前だね!」
よろこびにあふれた高い声。
澄んだペイルブルーのひとみをなかまに向けて、落ち着いた声はつづける。
「フロコン、きみはわれと同じ雪の精霊だ。きみは、人が『サッポロ』と呼ぶこの土地に、われとともに雪を降らせるんだ」
「ヒト?」
エメラルドグリーンの目には少し灰色がかり、フロコンは右にくびをかしげる。
(よく分からない。このチラチラと白いきれいなものが雪で、それを降らせることは分かる。でも、ヒトって・・・)
「きみが笑いかけたものがいただろう?」
「あの小さい?・・・目がキラキラしていた?」
シュネーの顔をうかがう。
「そうだ。あれは人の子どもだ。きみと同じで、生まれてから、あまりたっていない」
シュネーは説明を続ける。
「友だちになりたいなぁ・・・」
ゆめ見ごこちのフロコンから、しぜんとことばがもれる。
シュネーの表情は、少しくもる。
「フロコン・・・きみは人とは友だちになれな...」
そのしゅんかん、保母さんが、おさんぽカートをこちらに向けてすすんできた。
「危ないっ!」
ほんのうのなせるわざか、フロコンは両手で頭を押さえる。
・・・カートは、まだ雪にこうふんしている子どもたちをのせて、そのまま通りすぎた。
「あれっ?・・・ああ・・・」
いっしゅんで分かったようだ。
フロコンは、ゆっくりと下を向く。
目のかがやきが弱くなる。
シュネーは何も言わず、フロコンを見つめている。
エゾと呼ばれていた時代よりもはるか昔から、この地に雪をふらしてきた。
フロコンと同じく、友だちになりたい、と思ったことがなんどあったことか。
でも、そのたびに、人とまじわることはできないのだと、心がいたくなるほど思い知らされた。
「フロコン・・・」
シュネーは、やさしく、でもキッパリと言う。
「われらは、人をみまもる。どうぶつをみまもる・・・分かるかな」
「うん・・・」
「それは、あいてがわれらを知っていても・・・」
フロコンは、まっすぐ、しっかりとシュネーの目を見て聞いている。
「・・・知らなくても、かんけいないことなんだ」
「はい」
しっかりとした答えには、先ほどまでのふわふわしたかんじはない。
シュネーは、ひと息つくと、しんけんな顔で、また話しはじめる。
「それでは、きみにつたえよう。
自然のことを。
人のことを。
世界のことを・・・」
たくさんの色
オレンジ色、赤色、黄色。
色とりどり、目に入ってくる。
「きれい」
思わず口をつく。
フロコンのエメラルドグリーンの目はさらに大きくなり、色もこくなる。
「これが花だ」
シュネーが説明する。
「とてもきれいだね・・・」
少しほこらしそうに、むねをはって、フロコンは続ける。
「雪の白とオレンジ色がいいね。白と赤も、白と黄色も、とても合っているよね」
少しハッとして、シュネーは考える。ペイルブルーのひとみは、深みをます。
「フロコン」
「なあに、シュネーさん」
まだ、ゆめ見ごこちだ。
「この黄色の花は、さむさにつよい。ただ、ここにあるほかの色の花は、冬にはうまく生きていけないんだ・・・」
「えっ」
フロコンの表情が、少しゆがむ。
かまわずシュネーは続ける。
「寒さで、これらの花はかれてしまう。黄色い花も、雪がもっとつもると、だめになってしまう」
「そんな・・・」
(雪をふらせることで、いのちがついえてしまうなんて)
「悲しい・・・苦しいな・・・」
まっすぐとフロコンを見て、シュネーは続ける。
「自然はすばらしいものだけれども、ざんこくなこともある。
われらのふらせる雪もそうだ。それがすべて、自然というものなんだ。
今はまだ、なっとくはできないかもしれない。
でも、かれた花は、土にえいようをのこす。
春にまた、ほかの花のいのちにつながる。
いみがないことなんて、ないんだ」
言葉を切ると、シュネーはやさしく問う。
「分かるかな?」
「うん、なんとなくなら・・・シュネーさん・・・」
「なんだい」
「雪を降らせることは、わるいことじゃないんだよね」
「ああ、もちろんだ」
右手でフロコンの頭をやさしくなでる。
「もちろんだとも」
4月11日
「フロコン、もう1人でも雪を降らせられるかな」
「うん、大丈夫だよ!」
まんめんの笑みで、ちからづよく答える。
「でも・・・」
少しモジモジしながら、上目づかいでシュネーのほうを見やる。
「・・・大変なときは、ちょっとだけ助けてくれるとうれしいな」
「・・・もうすぐ、われはいなくなるんだ」
「えっ」
(まさか、何で)
「・・・そういうものなんだ。
きみは、たくさんのことを学んだ。
だから、もう1人でやっていける。
それは、われが消えることをいみするんだ」
シュネーは、とおい昔に思いをはせた。
(われがフロコンと同じくらいのときも、
いろいろなことを教えてもらった。
もっと教えてもらいたかった。
もっともっと知りたかった。
ずっといっしょにいたかった)
しばらく時がたった。
そのエメラルドグリーンの目に強い光をやどし、フロコンは言った。
「ユピテルさまは、われらはふめつだと言ったんですよね」
シュネーはうなずく。
「そうしたら、これからこの目で見ること・・・自然について、人間について、そして世界について知ることは、こんどお会いしたときにすべてお伝えします」
「ああ・・・そうだね」
シュネーは、目がしらがあつくなるのをかんじた。
(ああ、フロコンは、こんなにも成長した。すばらしく成長した。
われのやくめは終わった)
そのしゅんかん、シュネーの半とうめいの体が、いっそううすくなった。
やさしく、やわらかいひょうじょうで、じっとフロコンを見つめる。
フロコンも、消えゆくシュネーを、じっと見つめながら言う。
「シュネーさん、いろいろと教えてくれてありがとう。
ゆうきづけてくれてありがとう。
もっともっと、いろいろなことを学んで、知って、
こんど会ったとき、お話しします」
「楽しみにしているよ」
さいごに、これまでで一番大きな笑みをうかべて、シュネーは消えた。
シュネー
ああ ユピテルさま
われは 役目を 終えました
フロコンは もう1人で やっていけます
自然を知り
人を知り
だからこそ 悩むことも ありましょう
昔のわれと 同じように
でも
やさしい心で
つよい心で
大地を 人を 見守ることでしょう
ユピテルさま
われらは 無に帰することはない とおっしゃいました
われらは 人とは ちがうのだと
でも 人を知るほど 知ろうとするほど ぎもんが生じるのです
人は 言います
りんねの輪を めぐると
ふっかつの日まで 天上ですごすと
死後の世界まで まことの生を生きると
人を知るほど 知ろうとするほど
われらと人とは 似ていると 思うのです
人は 喜び 楽しみ
ときに 悲しみ おこる
われも フロコンも 喜び 楽しみ
ときに 悲しみ おこる
人と近しいと感じることが われは うれしいのです
ああ ユピテルさま
いま まいります
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