2024年5月11日

「どうすっかな……コレ…………」
 服なんて部屋着とスーツしかない。
 プライベートでお出かけするなんて縁遠いことこの上なかったからな。
 いや、まてよ。お詫びということであのグラサン男は、俺を食事に誘ったんだからきっと良い店なはず。下手なファストファッションで行くくらいなら、スーツの方がマシだろう。
 やれやれ、自分の賢さにはいつも脱帽するね……。
 服装という目先の問題が片付いたことで俺は浮かれ、手早くシャツ、パンツ、ネクタイ、ジャケットと着こんでいく。
 時計を確認するともうそろそろ約束の30分になりそうだ。
 仕事で使ういつもの革靴を履き、エレベータに乗り込んだ。
 階を下って3階……2階……そしてエレベータの窓から1階が入り込み、グラサン男も同時に移り込んだのを見て、俺の浮かれたテンションは一瞬にして地に落ちた。
「そういえば、まだ何も始まってないじゃん」
 そう小声でつぶやくことでなんとか精神の安定を保とうとする。
 エレベーターのドアが開くと、グラサン男の声が聞こえてきた。
 どうやら電話をしている。
「――わかった。こっちはなんとかするから――っと、お前は気にせず休め。じゃあ安静にな」
 グラサン男は俺に気付いたようで電話を切り上げた。
 えぇぇ怖。安静って何?その人は大丈夫なの?こっちはなんとかするって何?あの面で、あの声でってもう血生臭い事だろ絶対。
 怯えた感情は表情に出ていたようで、低く威圧したような声で彼は聞いてきた。
「もしかして、さっきの電話聞こえちゃったかな?」
 あーこれ終わったわ……。

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