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ひだまりの唄 8

六月十三日

 

―――それから暫く経ち、六月も中旬を迎えた。

俺達四人は、相も変わらず部室で新譜の練習に励んでいる。

最初から最後まで演奏するのはもうお手の物。

今回からヴォーカルを務めるのがねむちゃんだ。

マリア先輩はドラムを専任することになった。

少し余裕が出来たマリア先輩のお陰で、全体の違和感を少しずつ調整してくれる。

それで、『mermaid in love』は少しずつ、姿形を見出だしつつあるのだ。

『いいじゃん!すごく良くなってきたよ!でも、Y。もうちょっとアレンジ効かせてもいいよ?』

マリア先輩は両手を合わせてそう言った。

『…え?あ、あぁ…』

『ん?どうしたの?』

『…いや、なんですかね』

そう、なんだか最近、Yの様子が少しおかしい時がたまにある。

『…どうした?Y。最近、疲れてそうだけど…』

『いや…疲れてはいないんだ…。いないんだけど…。アレンジが湧いて来ないんだよ』

Yにしてみれば珍しい。いつもなら頼んでもいないのにアレンジを勝手に入れてくるのだが、今回の曲は中々アレンジを挟まない。

『スランプかなぁ…』なんて、らしくなく弱音を吐きながら、頭を抱えていた。

『後、ねむちゃんももう少しだけ荒々しく歌い上げてもいいからね?キレイな歌声で惚れ惚れしちゃうんだけど、やっぱりサビは声を張り上げて歌って欲しいな』

『ハイ!頑張ります!』

皆、各々アドバイスを受けている。

俺も不覚と無しに自分に指を指しながらマリア先輩に『俺は何かありますか?』と、訊いた。

マリア先輩は『マリー?んー…』と、頭を抱えながら搾りだそうとしていた。

暫く傾けていた頭でひねり出そうとするも、『…うん、何もないよ』と言った。

肩透かしを食らった俺は『何も無い事は無いでしょ』と、思いきり突っ込んだ。

『だって、何も無いんだもん。…んー、でも強いて言うなら、もう少し目立って』

『余計なお世話だ』と、思いつつも、折角ひねり出してくれたアドバイスだ。少し根を掘り訊いてみる事にした。 

『どうやって、でしょうかね』

『折角ステージの上手にいるんだから、もっと動きを激しくするとか』

動きを激しくしてまで巧く弾こうとは思っていなかったせいか、そんな技量など、まだ持ち合わせていない。

そんな意地悪なアドバイスを受けたからか、『それなら歯でギターを弾きましょうか』なんて、意地悪に返した。

『もー。極論すぎだよ。マリーが自分にもアドバイス欲しいって言うから、頑張って考えたんだよ?』

そう言われると反省をするしかない。すると、ガラガラと引き戸が開いた。

俺達四人は一斉にその開いた方へと視線を集中させた。

『練習捗ってる?』

そこには山田生徒会長がいた。

『…何?どうしたの?』

『あー…陽田ちゃん、学祭のカリキュラムの最終打ち合わせしたいんだけど、いいかな』

『…分かった。皆、今日はここで終わりにしましょう』

マリア先輩はそう言って、部室を後にした。

すると、Yが小さく声を出した。

『うーん、二人ともゴメン。俺、先に帰るわ』

Yはベースをケースに仕舞うと、部室のドアを開けて出ていってしまった。

『横室君、どうしたんだろう…。少し心配だな…』

俺はそんなYを見て、いても立ってもいられなくなってしまい、『ゴメン、ねむちゃん。俺もYと帰っていいかな』

『う、うん。分かったよ』

そうねむちゃんに言って、ギターケースを背負い、部室を出ようとすると、ねむちゃんから『あ、日野くん!』と、呼び止められた。

『な、何?』

『横室君、元気、出るかな…』

そう言われて、俺は不意にも親指を立てて、『勿論』と、ジェスチャーを打った。

俺は走って昇降口を抜け、急いで上履きから外靴へと変えて、Yの元へと駆ける。

Yは丸まった寂しい背中を見せながら、とぼとぼと歩いている姿が見えた。

『Y~!』

俺がそう叫ぶと、Yはこちらを振り向いた。

Yの元へと辿り着くと、俺は膝に手をつけながら、息を整えた。

『…どうした?』

そう言ったYの肩に、俺はがっちりと手をかけた。

『…お前こそ…どうしたんだよ』

もう六月だってのに、この日は肌寒い風が吹いて来る。

俺はYをつれて最寄の公園へと、足を運んだ。

公園の中にはブランコと滑り台と砂場。一見どこにでも有りそうな遊具が一式、そこには並べられていた。

俺とYはギターケースを背負いながらブランコに腰を置いた。

二人で肩を並べながら、足を遊ばせれば遊ばせた分だけ、ブランコが揺れる。

その感覚がどこか懐かしかった。

だが、ブランコのキコキコと軋む音とはうってかわって、俺達二人は沈黙を続けていた。

俺は微かなその異音だけを響かせながら横目をYに向けた。

Yはその異音すら出さずにただ黙ったまま座っているだけだった。

その沈黙を、俺は破った。

『なんだか懐かしい』

すると、Yは此方を見た。

『本当に小さい頃、よく二人で公園で遊んでたよね』

Yは微かにも笑顔をちらつかせた。

『俺もYもブランコが好きだったから、どこまで高く漕げるか、競いあってた。まぁ…いつも負けるんだけどね?』

そこでやっと、Yが口を開いた。

『あぁ…。そしてさ、高く漕ぎすぎて、俺止められなくなってさぁ。最終的にマリーに手を借りてたよね』

そして、Yが笑い出した。

『それでさ…。お前と来たら、下に振れるその瞬間にブランコの鎖を掴もうとするもんだからさ。タイミングを見計らうんだけど、中々手が出なくて、勢いがドンドンと増してくるもんだから、止めるのがやっとで。俺、ビビって『早く止めろよー!』って叫んでたよな』

それに、俺も大きく笑った。

『そうだった!懐かしいなぁ。だってさ、あれがもう十年前になるんだよ?信じられない』

Yも頷きながら徐々にブランコを揺らし始めた。

『もう小さい頃の思い出なんて、消えてなくなっているよ。でもさ…』

するとYは、本格的に大きく揺らし始めた。

『こうやって漕いでいたら、昔を段々と思い出して、今の悩みなんてどうでも良くなってくるよ!』

Yは昔を思い出したかのように、段々と大きく揺らし始めた。

俺はそんなYに、それと無く訊いてみた。

『…なんか、あったの?』

Yはブランコを益々大きく漕いだ。

『なぁ、昔みたいにさ、どっちが大きく漕げるか競争してみようぜ!』

俺は一先ず、その話に乗ったと言わんばかりに、ブランコを大きく揺らす事に意識を向けた。

『よっしゃ!十年越しの勝ちをもぎ取る!』

俺は足を畳んで勢いをつけ、後ろの一番高い位置まで持っていく。

ブランコが停まったその一瞬、俺はその反動を借りながら足を思い切り伸ばす。

よし、段々と大きく揺れ始めた。

ブランコが高くまで来ると、茜色に染まっている空が、白い雲を動かしながら、一つのアートを描いているのが分かる程、それは高くまで上がっているのを体で感じる。

そのまま羽があれば、飛んでいける気さえしていた。

俺は『ここまで来れば俺の勝ちだ』と、確信を持ったように、Yを見た。

だが、Yは俺より遥かに高い。

そして、高い位置で漕いでいる。

『立つなよ!ズルいだろ!』

『立ち漕ぎが無しなんて言ってないだろ!』

Yのブランコにはスネーキング運動が働いているせいか、遥かに高い位置にある。

当然勝てるわけも無く、足を地面にこすりながらブランコの振りを止めた。

そして、Yも同じようにブランコを止めた。

『俺の勝ち?』

Yがはにかみながら此方を見てそう言った。

『いや、ズルいだろ!』

Yはあははと笑い声を上げた。

しかし、その笑い声も段々と弱々しくなり、不意にも口を開いた。

『マリー、誰にも言わないでくれよ?』

『ん?』

『俺さ…。もしかしたら、気になる人が…出来たかもしれない』

『え?』

唐突な告白に、俺は愕然とした。

『よ…良かったじゃん!』と、俺はそれ以外に掛ける言葉が見つからなかった。

『それも身近に…』

そう言いながらYは俺を見た。

その瞳はどこか潤わしく、シャギーと言うその髪型が子犬の耳にも見える。

それは紛れも無く、捨てられた子犬のような瞳と言っても過言ではない位。

しかし、俺は首を振った。

『おいおい!そんな瞳で俺を見るな!』

するとYは驚くように此方を見直した。

『ちょっと待て!違うぞ!マリーじゃねぇから!なんでそうなるんだよ!』

『それじゃ誰を好きになったんだよ!』

俺は確信を突くように訊いた。

『それは…。言えない』

『なんで?』

『だってさ、俺はマリーの友達でいたいから、それを言ったら絶対マリーは俺から離れる』

俺は笑ってYに言った。

『なんだよ。そんな訳無いじゃん!何年の付き合いだと思ってんだよ。そんなんで絶交なんてしないよ。むしろ、応援させてくれよ』

するとYはブランコを立った。

『でも、ただ気になる程度だ。それが好きとはまた違う気がするんだよ。そして、それが好きになったら、バンドを続けられないような、そんな気がする』

『え?それって、もしかして…』

Yは黙って頷いた。

『え?バンド内のねむちゃんかマリア先輩のどちらか…って事?』

『生まれて初めてなんだよ。こんな気持ちになるの。分からないけど…でも、まだ気になるだけで、好きとはまた違うような、そんな感じ。マリーはそんな事、無い?』

確かに、俺の最近と言ったら女の子と遊ぶケースが大分多くなった。

そんな事、生まれて初めてだ。

だからか、俺は最近、葵ちゃんや歩弓ちゃん、ねむちゃんやマリア先輩にさえ、気にしていないと言ったら嘘になると思う程だ。

そのせいか俺は思わずも『無い…と言ったら、嘘になる…かも』と、溢してしまった。

すると、Yは笑って『そう、だからこそ言えないよ。誰が気になるかなんて』

そう言ったYの姿が、段々と暗くなっていく。

茜色の夕焼け空が、もうすぐ姿を眩まそうとしていた。

Yは念には念を込めて、俺に『いいか、誰にも…本当に誰にも言うなよ!』と、さらにそれを押すように言った。

『分かってるよ。言わないさ。…でも、それとバンドをやめると、なんの関係があるんだよ』

『バンド内で恋愛したら、いい音楽なんて作れないじゃん。邪魔なだけだよ。現に、俺はアレンジを入れられなかったんだぜ?いつもならポンポンと沸いてくるのにさ。…だからやっぱり、こんなモノは邪魔なんだよ』

そんなYの言葉が、意識が高いように思えて、俺は驚いた。

そんな俺ときたら、そこまで意識が向いていなく、『皆と何時までも楽しくバンド出来たらいいな』程度にしか、思えていなかった。

そんな自分を少し恥じた。

『じゃあ、また明日な』

そう言ったYは公園から姿を眩ます。

俺は一人、ただただ茫然と足を遊ばせながらブランコを小さく揺らした。

静かな公園に、キコキコと軋んだ音を響かせて。

俺は家に帰って、部屋のベッドに身体を預けた。

『Y…。ねむちゃん?マリア先輩?どっちを気にしているんだろうか…』なんて、ズルズルと先の話を引きずっていた。

『あー!めんどくさい!』と、俺は天井を目掛けて声を出した。

そして、右手首を高くあげてマリア先輩から貰ったミサンガを眺めた。

すると、ふとマリア先輩の声が脳裏に響いてきた。

『本当にマリーはちょっぴり面倒臭がりが出てるよねぇ。…でも、何だかんだ、『え~』って言いながらでもやってくれるから、頼りになるよ…』

そんなマリア先輩の言葉に、俺はこの時やっと、返答が出来た。

『そんな事ないですよ…。今回ばかりは本当に面倒だ…』

俺はベッドから飛び降りた。

すると、デスクマットの中に挟まれているチシマザクラが、不意にも目に写り込んだ。

『あれ?そう言えば…』

俺は自分の誕生日の事を思い出した。

確かその日は、ねむちゃんとYは耳打ちをしながら二人でいなくなった。

…て、事はねむちゃんの事が…。

でも待てよ?その日は部室に行ったらいつも早くに練習をしているマリア先輩もいなかった。

それなら、事前に三人で計画して俺の誕生日を祝おうとしていた。

と、言うことは、やはり俺…?

俺は髪をくしゃくしゃに掻き荒らし、『…んな訳ねーじゃん!あーもう、面倒臭い!』と、言いながらベッドに倒れ込んだ。

俺は天井を見つめながら、ただただそればかりが張り巡らせて、中々頭から離れなかった。

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