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ひだまりの唄 14

八月七日

 

夏休みも半ば、酷暑が続く。

金刀比羅祭りが後三日と迫る中、俺達三人は学校の部室で猛特訓に励んでいた。

ねむちゃんも徐々にドラムでリズムキープをしながら歌える程、上達が目覚ましい。

そして俺もYも、学園祭の時より数段に質が上がった様にも感じる。

むしろYなんて、一時期不調だったアレンジも曲調に違和感なく取り入れられる程だ。

以前感じていた『蟠り』も何処かに取っ払ったような、そんな感じにも見える。

『なんか、最近調子いいんじゃない?』

『あぁ、イメージが沸きやすいよ。この曲』

Yがベースを弾きながら、音を確かめた。

『マリーも、繋ぎが滑らかになって来たような、そんな気がするけど』

『そうかな。…でも、それはこれのお陰かもしれない』

そう言った時、自分の持っていたピックが黒く輝いた。

俺がそう言うと、Yはフッと笑った。

『それじゃあ、もう一回やろう。ねむちゃん…?どうかした?』

ねむちゃんは右腕を押えて中々離そうとしない。

『ねむちゃん…?』とYは恐る恐ると近付いた。

『ねむちゃん…。これ、赤く腫れてる…』

赤く腫れ上がっている腕をねむちゃんは抑えたまま、離そうとしない。

『大丈夫…。大丈夫だから』

痛さを我慢して振り絞った声が、なんとも痛々しく感じてしまい、俺はねむちゃんに言い聞かせるように、話した。

『これは明らかに大丈夫じゃないよ…。ねむちゃん…。病院、行こう?』

しかし、ねむちゃんは顔をしかめながら、静かに首を振った。

するとYが、ねむちゃんにしゃがみながら静かに諭した

『でもねむちゃん、本番があと三日と迫ってる。一人でも欠けてしまったらもう後がない。だから、一回看てもらって少し養生した方が良いよ』

『でも、もし叩けないって言われたら…』

『このまま放っておいてしまったら、尚更叩けなくなる。そうなる前に、俺達からのお願いだよ』

渋々にもねむちゃんは静かに頷いて、部室から出た。

Yと俺もギターをケースに仕舞って、ねむちゃんの付き添いを心した。

段々と辺りが暗くなる中、三人は無言で病院へと向かう。

行き交う人が誰もいない。カルガモがよちよちと歩道を歩く程だった。

『…無理させ過ぎた…かな』 

するとねむちゃんはハッとしたように此方を見て、『ううん、そんな事、無い』と言った。

『いや…でも、ここまで赤くなるとちょっと俺達にも責任あるよ。な、マリー』

『…あぁ』

『どうしたよ。元気ねぇなぁ』

『…いや、別に…』と、俺は口を紡いだ。

『おいおい、マリーが落ち込んでどうするよ。こんな時、部長なら明るく振る舞って、元気を出させるもんだろ。ほら、じゃないとねむちゃんだって元気無くなっちゃうだろ?』

『…いや、マリア先輩なら…』

『あん?』

『…マリア先輩なら、早く気付いて休ませてあげてたかなって…。俺、早く気付いてあげられなかった…』

そう言った俺にYはバンと一つ背中を叩いた。

『何言ってるんだよ。マリア先輩はマリア先輩。マリーはマリー。だろ?マリア先輩だからとか、マリーだからとか、人と自分を比べるのはやめとけよ』

『…でも俺、部長だから…』

すると、Yが少し面倒臭そうに頭を掻いた。

『あぁ~もう。ウジウジしてたらねむちゃんが可哀想だろ?今後、どうしようか考えようぜ。先ずはねむちゃんの腕の心配をしよう』

『私なら大丈夫だから。日野くん、私も言うの遅くなって…ごめんなさい』

『いやいや!ねむちゃんは悪く無いよ…。こうなったのは部長である、俺が責任で…』

『だー!話が元に戻ってる!』

そんなやり取りをしていたら、総合病院へと辿り着いた。

中に入ると、殆どの患者はもう帰っている。

俺が受付医院の前に行った。

『受付、何時までですか?』

『十八時三十分迄なので、大丈夫です。席に御掛け頂いてからでよろしいので、こちらのチェックリストにご記入をお願いします』

『あ、救急だったので保険証持ってきて無いのですが…』

『あ、次回からでよろしいですよ』 

そう言われて席に案内をされた。

ねむちゃんはバインダーに挟まれているチェックリストを丁寧に記入していた。

書き終わったのか、ねむちゃんは静かに立とうとした。

その時、俺はねむちゃんに『書き終わった?』と、手を出しながら訊くと、ねむちゃんは笑いながら『自分で出せるから、大丈夫。ありがとう。日野くん』と、優しく頷いた。

受付医院のいるカウンターにバインダーを置く。

その束の間だった。

『霧海さーん。霧海ねむさーん』

そう呼ばれて、ねむちゃんは静かに立って、診察室へと向かう。

俺とYもその後を付いていった。

診察室に場所を移すと、妙に愛想のない眼鏡をかけた先生が腰を掛けて座っていた。

『霧海さん?はい、どうぞ』

そう言って椅子に乱暴に指をさすと、ねむちゃんはそれを構いもせずに静かに座った。

先生が目に焼き付ける様にチェックリストを見て『腕、痛いの?』と訊いた。

ねむちゃんは『はい、今日赤く腫れ上がっていたんです』と言うと、『…おぉ、随分大きいね』と、ねむちゃんの腕を触った。

『…痛い?』

『…はい。痛い』

『これは?』

『…いた…!』

先生はたったの二度、触診をしただけでカルテに何かを書き込んだ。

ずっと書き込んで中々話そうとしない先生に痺れを切らせて、俺が『先生、どうですか?』と訊くとそれにも反応しないで、カルテに書き込んでいる。

『人の話、聞けよ』と、正直思った。

『腱鞘炎ですね。一週間安静にして。腕を使わないでください。親指の付け根を押しながら腕を伸縮させる運動、これはリハビリにもなるからやってくださいね。クスリ出しときますから…』

そう言われて俺とYは黙ってはいられなかった。

『先生…!一週間って、三日後に例大祭あるの知ってますよね?それに出なきゃいけないんですよ!』

俺が興奮様言うとYが『そうですよ!一週間より早く治す方法、無いんですか?!』

俺達が身を乗り出しながらそう言うと、勝手知ったる口調でまくし立ててきた。

『あのね。その状態で何やるか知らないけど、結構悪化させてる状態なの。ドケルバン病って知ってる?何かものを取る時に疼痛が走るようになるの。要は何をやるにも今は負担な状態なの。一週間は安静にさせてないと、治る物も治らないんだから。これ以上悪化させたくなかったら、安静にしてなさい。分かった?』

そう専門用語を並べられては、返す言葉が無い。

俺達は静かに『はい…』と頷く事しか出来なかった。

 

病院から外へと出ると、俺達は途方に暮れた様な面持で歩いていた。 

『一週間…。マジかぁ…』と、Yがタメ息を漏らす。

『私は大丈夫だよ?湿布処方されたから。一日これ貼れば…』

『いや…。一週間様子見てって言われたんだ。これ以上ねむちゃんに無理させたくないよ…』

『それじゃあ、どうするよ?後三日って、ヤバイぞ?マジで。てか、実質後二日だぜ?二日』

『それを今から考えてるんだよ…』

そうだ。後二日しかないこの状況を打破する為にはもう誰かにお願いするしかない。

…と言っても、特段上手な人で無ければそれは出来ない。

特段上手な人…。居ることは居るが…。

『いやいや。引き受けてくれないな…』

『…どうした?』

『もしかして…』と、ねむちゃんが恐る恐るに訊いた。

『多分、ねむちゃんのもしかして、当たってるよ』

『おいおい…。まさか…』

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