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ひだまりの唄 38

十二月二十八日

 

クリスマスも終わって、三つ日が重なった。

あれからと言うもの、ねむちゃんとは今でも記憶から一掃されたクリスマスのお蔭と言うべきか、常に一緒に居る。まぁ、Yもだけど。

俺の家に三人を呼んで…と、言うより、Yが俺の家に押し寄せて来た。と言っても過言ではない。

何故なら学校はもう補習も終わり、校門は閉門して、入ることが出来ない故に場所がない

外も冷えきった外気が漂っている中で、集まれると言ったら場所は限られていた。

そこまでは理解できる。が、そこで唐突に『今から行くわ』とメールが入った五分後にYが来るものだから、困ったものだ。

そうなったら、俺もねむちゃんを誘わざるを得ない。

そこで三人、今は俺の家で炬燵に入りながら寛いでいる。

『なんだよ、それ』

俺は思い出したように炬燵から出て、机の横にぶら下げた鞄から、先生に渡された用紙を一枚、取り出した。

『来年でも、これから俺達が活動するにあたっての方針を考えてきてってさ。一応、何時でもいいとは言ってたんだけど…』

『去年、こんなの出したっけ?』

『去年はマリア先輩が率先してイベントに顔出していたけど、今年は全然じゃん?だから、方針を見つめ直して来て欲しいって…。まぁ、コレのせいで生徒指導室に呼び出されたんだけどね…』

Yは両手をパチンと叩いた後に、俺を指した。

『あー!あの時の…!…って、そんな事で生徒指導室?随分大袈裟だなぁ…』

『…あの時、先生と喋る場所が生徒指導室しか空いて無かったから、そこしか無くて…』

『なんだよー!それ、早く言ってくれよー!』

すると、ねむちゃんがキョトンとした顔を浮かべて此方を見た。

『…?どうしたの?』

『いや、マリーさ。先生に呼ばれて生徒指導室に入って行ったのを見て、停学になるような事、やらかしたのかと思ったんだよ…。でも中々停学になんねぇから、いつ停学になるかってヒヤヒヤしてた』

するとねむちゃんは呆れた溜め息を混じらせて、言った。

『日野くんに限って、そんな事するわけないよ…』

おお、いつもYに責められてばかりの俺を、庇ってくれる人がいるなんて、信じられない。

だが、馴れていない分、どう反応していいか分からなくなっていた。

そしてYは炬燵からみかんを取り出して、皮を剥きながら、言った。

『…んな事よりこの紙だよなぁ…。方針なんて言われても、マリア先輩の時から別に方針があってやって来た訳じゃないし…』

『…いや、マリア先輩の時は、一つ一つがもう自ずと目標に向かっていたと言うか、そんな感じだったろ。別に話し合わなくても、なんか、こう…皆の目指す場所が一緒だったと言うか…そんな感じ…?』

『ふわっとしてるけど…なんとなく、分かるよ。その気持ち』

俺は机の椅子に腰を掛けて、後ろのYを見るように、椅子の背凭れを抱き抱え、足を両開きにして座った。

『…そこでさ、思った事が一つ有るんだ』 

『思った事…?』

『マリア先輩は、施設とか、イベントとか、学校行事とかに目を向けていたけど、俺達はそれだけじゃなくて、街全体の行事にも首を突っ込んで行きたいんだけど…どうかな』

するとYは、みかんの果汁が器官に入ったのか、急に噎せ出した。

『えっほえっほ…!!何を仰るかと思ったら部長さん、それはどういう…』

『小学校や中学校の学祭とか、道の駅のイベントにも出させて貰うとか、マリア先輩は箱を抑えながらやってたけど、それだけに拘らないで、路上とか、他校とかにも乗り込もうって話さ!そしたら、ウチの学校のPRにもなるし、いいんじゃないかな?』

『スケールでか過ぎて、付いていけねぇ…。それじゃあ、ライブ中心になって、練習時間少なくなるけど…それでもいいの?…てか、そもそも、そんな公共の場が許可を取ってくれるかなぁ…』

『大丈夫さ!だって、祭りでも出来たんだぜ?俺達』

『でも、あれは歩弓ちゃんや葵ちゃん、マリア先輩が手伝ってくれたからだろ?』

『そうだ。だから、今度は俺達だけでやってみようぜ!去年、マリア先輩がアンケートを取ったように、必要なら、今度は俺達だけでやってみようぜ?』

俺は興奮を抑えられず、思わず椅子から立ち上がってそう言うと、ねむちゃんは笑顔で言ってくれた。

『…うん、面白そう!学校のPRも兼ねてって言ったら、先生も協力してくれそうだし、いいんじゃないかな』

『ねむちゃんまで…』と、Yは炬燵で丸く身を縮ませながら、頭を唸らせた。

『…まぁ、このまま白紙にするよかマシか。それじゃあ、来年度の抱負は学校のPRと言う名目で、ライブを一回でも多くやる。に決定だな』

『Y!賛同してくれんのか?!』

『部長命令なら仕様が無ぇじゃねぇか』

『それじゃあ決定だね!日野くん!』

『あぁ!…でも、それはあくまで来年度の方針だ。今年度は、一人の為だけに全力を注ぐ』

『一人の為…って、誰だよ』

『そんなの決まってるじゃん。…マリア先輩』

Yとねむちゃんは目を大きく広げて、俺を見た。

『…Yに言われたからじゃない。俺自身、やっぱりマリア先輩の背中を、知らず知らずに追っている。でも、それじゃダメなんだ。…やっぱり、比べちゃうんだよ。去年が立派すぎて、先生にも比べられるし、俺は俺自身の、そして、YはY自身のケリ、着けよう?『ひだまりの唄』でさ。そこで、俺、考えたんだ』

『…何だよ』

俺の考えたプランはこうだ。

卒業式の放課後、マリア先輩を部室に呼び出す。

そして、マリア先輩が部室に来た瞬間、俺達は演奏を始める。

そこで俺達の一歩を踏み出す所を見届けて貰う。

その一歩の為にあらゆる時間を掛けようと、俺はマリア先輩に、その一歩を見届けて貰いたい一心で練習するつもりだ。押し付けがましいのは百も承知で。

『マリー…』

『どうだ?』

すると、Yはふと笑った。

『…ったく、そんな案を持ってんなら、早く出して欲しかったよ…』

『…え?』

『俺、今のマリーなら付いていきたいって、素直にそう思っただけだ』

Yは照れたようにそう言うと、ねむちゃんも何回も頷きながら、『うん…。今の日野くんなら、付いていきたい』と、そう言った。

『ねむちゃん…』

するとYは、俺とねむちゃんを交互に見て、溜め息を吐きながら言った。

『…ったく、俺がいるのに惚気んなよな。一緒にいるコッチが恥ずかしい』

『…ちょ…!岸弥くん?!』

『別に惚気てねーからな!勘違いすんな!バカ!』

『うわ…!二対一は卑怯だっつぅの!』

そんなやり取りが、どこか懐かしい。

マリア先輩、やっぱりマリア先輩が居ても居なくても、ウチの部は変わらない。

安心していいよ。あの時の俺は何処かに行ったみたいだ。

その気持ちを、この『ひだまりの唄』で届く事を祈っていた。

そして、炬燵の上に乗っている用紙には、たった一言、『去年より、ライブをする!』とだけ書かれていた。

だが、後から括弧書きで、『学校のPRを踏まえて』と、書き足したのは言うまでも無いだろう。

 

なんだかんだ言って、三人でいる時間は流れるように早い。

外は一面真っ暗で、人の気配すらない中、Yは大きな声を夜空に響かせた。

『いやー!今日は楽しかった!ありがとな、マリー!』 

その聞き慣れた五月蠅い声で礼を言われるのは悪い気はしなかった。

『明日はどうすんだ?』

『明日は何時に行こうかなぁ…なんて、流石に四日連続は無いな。明日は家族サービスに専念するよ』

『それじゃな!』とYが手を振って歩きだした。

『それじゃあ、私も帰ろうかな…』と言うねむちゃんに、後ろ髪を引かれる。

そのせいか、俺はねむちゃんに手を伸ばして、『行こっか』と誘うと、『…え?なんで…?』と聞き返した。

『なんでって、夜道は危険がいっぱいですからね!』と胸を張って答えると、ねむちゃんは『あはは、大袈裟だなぁ』と笑って言った。

『あはは。確かに。そしたら、ちょっとそこまで送らせてよ』と、俺は手を更に伸ばすと、ねむちゃんはコクリと頷いて、その手を握ってくれた。

氷が張った路面に滑らせるように歩いていると、ねむちゃんはにこにこと、笑顔を絶やさない。

それに気がついて、俺は『…ねむちゃん、いつも笑顔だね』と、それとなく訊いた。

『うん。最近、凄く楽しい。…でも、よく考えたら、そっか。隣に日野くんがいるんだもんね』

それに俺もねむちゃんから顔を逸らしながらも、にこりと、いや、にんまりと照れた顔を我慢が出来ずに浮かべた。

でも、ふと思った。

『でもさ。ねむちゃんが転校してきて、日常がガラリと変わったよ。…ねぇ、変なこと聞いていい?…なんで…俺なんかを…?』

すると、ねむちゃんの笑顔が、いつの間にか不貞腐れたように頬を膨らませて、『…ほんとに何も覚えてないんだなぁ…』と、呟いた。

それを耳に入れて、『え?!それもクリスマスの時に言ってたの?!』と、ねむちゃんを見ると、表情が暗くなっていて、まるでこの情景と類似する。

俺は出来損ないのへまを気にして、頭を抱えたが、そこまで込み入った話をしているのにも関わらず、何故記憶が飛んでいるのか、自分でも良く分からない。

それが惜しくもあり、嘆かわしくもあり。この場であの時の記憶を呼び戻したい程だ。

だけど、遠すぎて、呼んでも戻ってくる気配が無い。

そんな俺の頭の中はブラックホール。もう思い出すことは出来ないのかと、えらく落胆していると、ねむちゃんが話始めた。

『…でも、思い出さない方が…いいかも…』

『…なんで?』

『私だけの秘密に出来るから…ね!』

ねむちゃんは手を後ろに回しながら、スキップをしてる。

それは水臭いが、覚えていない俺にな何も言えない。

そんな軽やかな足取りを見せるねむちゃんの後ろで、重い足で雪を踏みしめる俺。

そんな軽やかなねむちゃんが数十歩も先に行くと、後ろを振り向いて、『ねぇ日野くん!』と叫んだ。

それに俺は『なぁに?!』と叫び返す。

『私!こっちに引っ越して、この学校に入って、日野くんに出会えて、本当に良かったよ!』

嬉しかった。と、その一言に尽きる。

人が本当に嬉しい時は、何かに例えるより、本当にその一言だけが響くんだな。

国語の教科書に載っている物は、その一言の感情を紐解く為に、比喩されている文面が多く目につくが、最初に芽生える言葉は、たった一言なんだと、分かった気がする。

『送ってくれてありがとー!またね!』

『あぁ!また連絡するからぁ!』

二人が振りあった手は、止まる事が無い。

俺はねむちゃんが見えなくなるまで、見送った。

 

鼻唄を口ずさみながら家に着くと、母さんも妹弟も此方を見てくる。

が、そんなの気にも留めず、階段を勢いよく上がった。

明日はやっと二人きりで遊べる。ねむちゃんに尻尾を振る勢いでスマートフォンを手に取ると、着信音が鳴り響く。

本当に通じあってるみたいだ。

ねむちゃんの事を考えて止まない。俺は直ぐ様スマートフォンを開いた。

画面に表示されている名前を確認せずに電話を取った。

『あ、もしもし??ねむちゃん?明日なんだけど…』

『…』

しかし、中々、声が聞こえない。

『あれ?どうしたの?ねむちゃん』

『…ツーツーツー』と電話が急に切れた。

電波障害か。俺はもう一度画面を確認した。そこに表記されていたのは、『葵ちゃん』

しまった。葵ちゃん、ずっとウタナナタウに待たせたままだ。

顔面蒼白で、頭の中も真っ白になりながら、その不穏を残したスマートフォンを見つめていた。

俺はどうすれば良いのかなど見当もつかない。

それを見つけるように、俺はあちらこちらと画面に目をちらつかせるも、やはり何も浮かんでは来ない。

ここは誠心誠意に謝るのが得策だと、スマートフォンのメール画面を開き、思い余る文面を連ねて行く。

『葵ちゃん、こんばんは。お元気ですか?僕は元気です』なんて、挨拶から入るが、それはおかしいか。

そして何より、普段敬語なんて使わないのに、こんな時に敬語を使うのは違和感すら与えてしまうかもしれないが、誠意は伝わるかも。

『葵ちゃんに連絡をしようと試みるも、何かとありまして、連絡が遅れてしまった事、大変申し訳なく思っております』と、仰々しい文字を並べてみるが、それこそ不快感を与えてしまうのではないか。

だが、ええい、このまま続けてしまえと、思いきり押し切る。

『出来れば、一度お会いしてお話させて下さい。その願いが…』

そう文字を並べていると、一通のメールが届いた。

誰からだと、思わずメールを開く。

また、葵ちゃんからだ。

『明日、ウタナナタウに来て』

その一文だけが送られて来たのに、俺はこれまで頭を捻りながら連ねた文面を全て棄てて、『うん、分かったよ』とだけ、送り返した。

そうなると、ねむちゃんにもメールをする。

『ごめん!違う約束ができちゃった!…その用事終わったら、メールするよ!』

そう送ると、ねむちゃんから間もなく返信が来た。

『分かった。待ってるね!』

何故だろう。何も疚しい事は無く、ただ葵ちゃんと話をするだけなのにそれが凄く心苦しい。

ねむちゃんには心配させまいと、詳しく送ることは出来なかったのだが、ねむちゃんは深くは訊いて来なかった。

でも寧ろ、その詳しく送らない事が心配を煽ってしまっては居ないだろうか。

俺はそんな苦しめる胸を抱きながら、ベッドに身体を投げて、布団を掛ける。

やはり、俺は強靭な心の臓を持ち合わせては居ないのだろう。

もうこんな気持ちは懲りごりだと、この時深く身に染みたのだった。

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