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ひだまりの唄 42

二月十四日

 

今日は二月十四日、バレンタインデー。

三学期が始まったと言うもの、Yとねむちゃんと俺は練習に精を出している。

俺もYも、目の前のギターをひたすら抱えて、弦を弾いていた。

ドラムとボーカルの兼任をするねむちゃんも、最初は細く弱々しかった腕が、今ではすっかり細いながらも逞しくある。それも綺麗に声を発しながら。

マリア先輩が描いた『ひだまりの唄』。俺達はマリア先輩の理想とする物に近付いているのか。形を成す度にそれは感じている。

が、俺の感じた『ひだまりの唄』を体言するべく、Yもねむちゃんも、俺の事細かな指摘を甘受してくれる。

それが、凄く有り難く、自信に繋がっていた。

『よし。段々良くなってきてる。今度は通しでやってみよう』

それにYもねむちゃんも、一つ頷いた。

もう一度、合わせようと身構えた。その時だ。

それを邪魔するように、部室にノックの音が響いた。

しかも、それが一人だけならいざ知らず、何人も後続して、後を絶えない。

『…また、だな』とYが言うと、俺は『ムシムシ…』と、ドアの取っ手にすら掛けない。

すると、今度はドアが海老ぞりになってしなる程の勢いで、ドアを何度も叩かれた。

『…ねぇ、出た方がいいんじゃない…?』とねむちゃんは言った。

俺は溜め息混じりにギターを背負いながら、ドアまで行って、それを開けた。

『…ちょっと!今、大事な練習の時間…』

『きゃー!岸弥くーん!』

多勢に無勢。その女子の大軍に押し負かされて、俺は倒れて、仕舞いには、俺を踏みつけながら、Yの元へと駆けて行った。

『これ、手作りなんです!ちょっと形崩れちゃったんですけど、受け取ってくれますか?』

『岸弥君!これ、私から…!』

『あ、私のも食べて!』

『あ、うん…。ありがとう…』と、Yは壁まで追い詰められながら、そう言うと、ねむちゃんはすかさず影で段ボールを箱状に作っていた。

一人一人に『ありがとう…』と言いながら、Yはそれを受け取った。

『ねぇ!食べて食べて!』

『今度のライブは何時なの?私、行きたい!』

『横室先輩…私、ずっと前から…』

それに俺は手を叩いて、『ホラホラ!練習の妨げになるから!出てった出てった!』と、その女子の大軍に煽りを入れると、女子達は俺を射るような眼差しで『何よこのキノコ頭!ちょっと位いいでしょ?!』『本当、あり得ない!ちょっと、あっち行ってよ!』『あんたこそ邪魔よ!』と、罵詈雑言極まりない。

だが、俺はそれにも負けじと、『なんだと?!俺の事はなに言っても構わない。だけど、このマッシュルームカットだけは悪く言うなぁー!』と、大きな声で叫び散らすと、その女子の大軍は『キャー!』と、部室から出て行き、ピシャリとドアを思いきり閉めた。

『…ったく、本当に困ったなぁ…』と、腰に手をあてながらに溜め息を漏らすと、ねむちゃんが『…でも、あの女の子達も岸弥君の事を想って、一生懸命なんだよね』と、作った段ボールにチョコを入れながらに言った。

するとYが『でも、毎年苦しいんだよなぁ…』と、チョコを見つめ様に言うと、『なんでだよ?』と訊いた。

『…いや、好きな人がいるからさ…期待には答えられないんだ…。本当に俺、罪な男だよ…』と、Yは窓の外を見ながらに言うも、俺は『…それ、モテる奴じゃないと分からない気持ちだよ』と、率直に言った。

すると、またコンコンとドアが鳴る。

『…はぁー…まただよ』と、俺は部室のドアの前に立って、ガラガラとその扉を開けた。

『…すいませんけど、練習の途中なので…』と言うと、そこには葵ちゃんが立っていた。

『よ!元気?』

『葵ちゃん!』

『…それより、凄い女子の大軍が、ぶつくさ言いながらゾロゾロと歩いてたんだけど…。何かあったの…?』

すると葵ちゃんに、『コレ』と、山のように積まれている段ボールを指して言った。

『うっわ!なにこの量…!』と、葵ちゃんは目を大きく開けた。

『…全部、岸弥君の…』

『へぇー、アンタ、モテるんだ』

『え?意外だった?』

『…ちょっと…ね。それより、皆に差し入れ持ってきたよ!ハイ!』

葵ちゃんが持ってきた箱を開けると、それぞれの楽器をモチーフにしたチョコが、そこには並べられていた。

『うわー!かわいい!』とねむちゃんが言うと、『コレ、食べてもいいの?!』と、Yが言った。

『横室君、沢山有るじゃない』

『えー。意地悪だなぁ…』

『いっただっきまーす!』と、俺はギターがモチーフとされたチョコにかぶり付く。

『…ん!旨い!』

『どれどれ…』と、Yも手を伸ばした。

『いただきまーす』と、ねむちゃんも手を伸ばした。

『…どう?どう?』と、葵ちゃんは顔色を窺うように見た。

『旨いよ!旨い!』『甘くて美味しい!』と、Yもねむちゃんも飛び跳ねてよろこぶと、葵ちゃんは『本当に?!良かった…』と、胸を撫で下ろした。

俺がチョコをパキリと割りながら、『これ、手作り?』と訊くと、『そうだよ!』と大きく頷いた。

『さっすがだね!甘くて、美味しい』

『へへ、どうもありがとう。あ、そうだ…。私ね、引っ越す日、決まったよ』

すると、俺もねむちゃんもYも、チョコを食わえながら、葵ちゃんを見た。

『来月のテスト終わって…すぐ。皆にお世話になったから、その気持ちも込めて…』

『そう…なんだ。寂しくなるね…』

しかし、葵ちゃんは首を振った。

『大丈夫。お父さんもお母さんもいるし、皆もいるもん。また、遊びに来てもいい?』

『あぁ!寧ろ、俺達も行くから。ね!』

そう言うと、二人は『勿論!』と言わんばかりの笑顔で、一つ頷いた。

『ありがとう…。それじゃあ、私、行くね!』

『うん、じゃあ、またね!』

俺達がそう言うと、葵ちゃんは手を振って、部室の扉を開けた。

『また寂しくなるなぁ…』とYが言う。

『…いや、大丈夫。寂しくなんか無いさ。…よし、それじゃあ、さっきの続きから始めよう!』

俺がそう言うと、ねむちゃんもYもコクリと一つ頷いて、練習の続きを始める。

一度、通して演奏を終えると、『…よし、いい出来になってきた』と、幾度も頷いた。

『もう一度やる?』と、Yが言うと、『そうだね。コレを忘れない為に、もう一度やろっか』と、俺も俄然やる気に満ちていた。

『それじゃあいくよ?』と、ねむちゃんがスティックを叩く。

『ワン、ツー…』

その時に、いきなりドアの開く音が聞こえて、俺達は不意にその方向を向いた。

『ジャーン!皆、久しぶりぃー!』と姿を現したのは、なんと、マリア先輩だ。

俺も、Yも、ねむちゃんも、その時、何が起こったのか分かっていなかった。。

だが、我に還った時、『わー!』と、三人で慌て様に声をあげながらマリア先輩に近付くと、『え?なになに?』と、マリア先輩は意外な俺達の反応に、逆に慌てふためいていた。

『わーわー!ま…マリア先輩!アハハ!お久しぶりですねぇー。元気してました?』と俺が言った直ぐ様に、『いやー!マリア先輩、相変わらず、お綺麗です!』と、Yが言うと、『マリア先輩、私、ドラムとボーカル、今やってるんですよー!凄く無いですか?!』と、早口でマリア先輩を勢いよく押し付けた。

『え?え?!何よ、皆で急に…。分かった、分かったから、皆で一気に喋らないでよ!』

そうマリア先輩に言われて、『ハイ!』と、俺達三人は綺麗に一列に並ぶと、『…三人とも、相変わらずだね』と、頭を抱えた。

『それより皆、ハッピーバレンタイン!』と言って、箱を開けながら、俺達にチョコを渡した。

『うお!やったー!』と、いの一番に飛び付いたのは、Yだ。

『一人三個ね』と、その箱の中には、ボール状のチョコが九個、入っていた。

『いただきまーす』とねむちゃんはチョコをパクりと食べると俺も一つ続け様に『いただきまーす!』とチョコを取り、それをガジリと噛む。

『かっ…てぇーーーー!』

『アハハ!マリー当たりー!一個だけ氷らせて置いたの。いきなり引くなんて、逆に今年の運勢最高かもよ?』と、マリア先輩はなんとも楽しそうに言うが、俺は『いや、そう言うのいらないですよ…!』と、マリア先輩に怒鳴った。

『そう言えば、皆、何演奏してたの?』

『それは…えっと…』と、ねむちゃんは俺達の様子を窺った。

『取って置きの唄ですよ!それより、マリア先輩、試験どうでした?』

『それは…』と、少し俯いた時、俺は触れてはいけない事を聞いてしまったように感じて、『…あ、すいま…』と言いかけた。

しかし、マリア先輩はペロっと舌を出して『バッチリ!』と、右手のひとさし指と親指で丸を作ってそう言うと、俺は安堵の溜め息が出ると同時に、笑顔が溢れた。

『マジっすか!良かった…』

『うん、なんとかなりそうな、自信はある!』と、やはりマリア先輩は自信に満ちた満面の笑みがとてもお似合いだ。

『そっちは?ライブ成功しそう?』と訊かれた時、俺達三人、顔を合わせて、『バッチリです!』と、同時にひとさし指と親指で丸を作った。

『アハハ。やっぱり皆、自信に満ちた顔がお似合いだよ!』とマリア先輩が言った。

俺達はエヘヘと笑みを溢すと、マリア先輩が『それじゃあ、練習の邪魔になるし、行くね?』と、鞄を背負い直した。

『あの…!マリア先輩…!』と、俺は思わず、声が出た。

『ん?』

『あの…。もし、もしよろしければ…』

『何よ、マリー。改まっちゃって…』

『…卒業式の後、ここの部室、来てくれませんか?!』

そう言った時、マリア先輩もYも、俺を驚いた様に見た。

しかし、マリア先輩はその顔がスッと優しい笑みに変わり、直ぐ様『…うん、分かったよ』と、それ以上、何も訊いては来なかった。

俺はそれに、『…ヨッシャーーーー!』と天高々にガッツポーズをすると、『え?そんなに嬉しいの?アハハ!変なマリー』と、マリア先輩が笑った。

『それじゃあ、行くね。練習頑張って!』

『マリア先輩!ありがとうございます。待ってますから』と、Yもマリア先輩に歩み寄って声をかけると、マリア先輩はまた一つ頷いて、部室を後にした。

『マリー…』

『やったな…。Y』

『頑張ろうね、岸弥君』

『…あ、あぁ…ありがとな、二人とも。…それじゃあ、早速…始めようぜ!』

『オー!』

俺達は再び、部室の中で大きな音を鳴らし始めた。

暫く音を止ませる事無く、響かせた。

完璧までに完成に近付いたような、そんな実感さえする。

『そろそろ…終わりにしよう』と、俺が切り出すと、Yは手元のベースをまじまじと見つめながら、言った。

『…なんだろう。ここまでの早い期間で、この出来映え…。俺達、どうしちゃったんだろうな』

『…私も、こんな感覚、初めてだな』

確かに言われて見れば、そうかもしれない。

ライブ一つするにも、一抹の不安は付きものだったが、今回は違う。

確固たる自信が俺達にはある。そうか、マリア先輩はそうやって自信を付けてきたのだ。

この時、自信は持つものではなく、付ける事だと言う事を、今知った。

だが窓を見れば、もう陽が暮れそうだ。

『…よし、この感覚を忘れないように、明日、また練習しよう。今日はもうお仕舞いだ』

俺がそう言うと、Yもねむちゃんも道具を仕舞って、昇降口へと向かう。

靴を履き替えて、校門に向かうと、大きな人の影が、そこには見えていた。

背は高く、スラッと伸びたその男。俺達三人はそれを見たことがある。

『あれ…?誰だ…?』

恐る恐るとゆっくり、俺はその人の居る方向へと足を赴ける。

すると、軽トラを停めながら、校門前に立っていたのは、紛れも無くサップだった。

『…あ、お三方、ご一緒でしたか』

『あれ?サップじゃん!久しぶり!』とYが言うと、『お久しぶりですね』と、サップは返した。

『どうしたの?』

『実は、歩弓様に頼まれた品がございまして。…こちらでございます』

サップが持ってきたのは、一つの小さな箱だった。

『お世話になった麻利央様へ、バレンタインデーになったらお渡しして欲しいと。』

『歩弓ちゃんが…俺に…?』

俺はその箱を静かに開けると、一粒のチョコレートが入っていた。

『…歩弓ちゃん…』

するとYが『…ってか、サップはどういう心境でコレ渡してるんだよ』と、ズバリと訊くと、サップはフフッと笑いながらに答えた。

『…歩弓様が今まで想いを寄せていたのは麻利央様にございます。勿論、私には義理のチョコだと、そう仰いましたが、麻利央様は、一度想いを寄せたお相手。忘れる事など、難しいですよ』

『…あくまで大人な対応って訳ね』と、Yは腕を組みながらに言うと、サップは首を振った。

『私も、葵様のクリスマス会で告白と言うものをさせて頂きましたが、歩弓様はまだご決断されていない。一年後まで、私は待ちますよ』

『え?そうなの?だって歩弓ちゃんは確かに…』

そう言ったYに、尚も首を振った。

『人の気持ちとは分からないものです。自分でも、明日はどのような気持ちになるかなど、分かりはしないのですから。それを無理強いする権利など、自分以外の誰にも、有しておりませんので』

『…そっか…。てっきり、付き合ったのかと思ったよ』

そして、俺はチョコレートを眺めながら、サップに一つ訊いた。

『…歩弓ちゃん、無事、帰れたのかな』

すると、サップはにこりと一つ、笑みを浮かばせながら、『はい…』と静かに言った。

『そっか…良かった…』

『後一つ、横室様、霧海様、そして麻利央様、コレは去年迄の私の言葉だと思って、受け止めて頂きたいのですが…』

『何だよ』

『去年迄の間、歩弓様が本当に、お世話になりました…』

そう言ってサップは深々と頭を下げる。

『お、おい!サップ…!こんな所で止めろよ…!』とYはたじたじと狼狽えたが、そんなYに俺は手を伸ばした。

『マリー…?』

『…こちらこそ、お世話になりました』と、俺も深々と頭を下げた。

『日野くん…』

『マリー…』

『そして…』と、俺が言葉を続けると、サップは頭を上げて、俺を見た。

『これからもよろしく、サップ』

俺がそう言って手を伸ばすと、サップはにこりと笑って、『こちらこそ』と、固く握手を交わした。

そしてサップは軽トラに乗り込んで、『また私が働いている市場まで、来てくださいね。待ってますから』とにこやかに言う。

『あぁ。その時は値切るかもしれないけど』

するとサップは笑みを浮かべたまま、『畏まりました。出来るだけの事はさせて頂きます』と、言うとそのままトラックを走らせた。

『バイバーイ!』と手を振ると、サップも運転席の窓から手を出し、左右に振って、行ってしまった。

『行っちゃったな…』

『…うん』

『さぁ…てと、俺、寄る所有るから、此処でバイバイだな!』

『寄る所って何だよ』と俺が言うと、『いいだろ?何処でも』と、Yは頑なに教えようとしない。

『じゃあな!』と、Yは走って帰っていった。

『おい!Y!…行っちゃったよ』

『岸弥くん、気を利かせたのかな』

『…ったく、下手くそだよな…』

静かな歩道を二人、肩を並べて帰路につく。

すると、ねむちゃんが静かに口を開いた。

『…ねぇ、日野くん』

『…ん?何?』

『…日野くんは何処にも、行かないよね…?』

俺は『え?』と、気の抜けた声を、ねむちゃんに発しながら、見つめると、ねむちゃんは今にも消え入りそうな声で、発した。

『…皆、居なくなっちゃう…。それが凄く切なくて…』

俺はそう言ったねむちゃんに首を振った。

『俺はそうは思わないよ』

『…え?』

『…皆、居なくなるんじゃなくて、それぞれの道から導き出そうとしてるんだよ。自分が踏み出す第一歩を…。歩弓ちゃんはワタナベコーポレーションの外を見る為に。葵ちゃんはウタナのじいさんが歩んだ道を、今度は自分で歩む為に。そして、マリア先輩は音楽の教師を目指す為に。そして俺達は…』

『私…達は…?』

『俺達のバンドをやる為に』

俺はねむちゃんを見る為、横に向けた顔を、前に向けて、言った。

『そして、俺達三人も、何れはそれぞれの道を歩まなきゃならない。…それが別々の道でも…』

ねむちゃんは、黙ったまま、『そう…だよね…』と俯く。

『でも、その方が、俺はいいな』

するとねむちゃんは意外そうに俺を見て『…え?何で?』と、顔を向けた。

『…だってさ、別々の道を辿ったとしても、今は会おうと思えば、直ぐに会えるんだ。皆が意を決してコッチに来たように、俺もそうする。そしてさ、久々に会った時に、笑い合うんだ。積もった話をぶちまけてさ!それって…なんか、楽しくない?』

すると、ねむちゃんは俺を一点に見つめて、立ち止まってしまった。

俺はそれに『ねむちゃん?』と振り向くと、ねむちゃんは、俺に言った。

『…日野くん…』

『…ん?』

『日野くん…変わったような気がする。そう思うの…私だけかな』

俺はそれに瞳を大きく広げた。

自分自身でも気が付かなかった事を、ねむちゃんのその一言で気付かされた気がした。

確かに、そうだ。マリア先輩や歩弓ちゃん、葵ちゃんが俺の目の前から居なくなる時、そう思った事が無かった気がする。

だが、そんな自分、すぐに忘れていた。

『…そうかな…?』と、俺が訊くとねむちゃんはコクリと一つ、頷いた。

『…うん。…なんか、そんな気がする。でも…』

すると、ねむちゃんはにこりと優しい笑みを浮かばせながら、俺に言った。

『今の日野くん、凄く生き生きしてて、とっても素敵だよ』

『ねむちゃん…』

『あ!そうだ!日野くん、あーんして?』

『…え?』

『いいから!』

俺は言われた通りに大きく口を開けると、ねむちゃんはビー玉程の丸い物を、俺の口の中へと運んだ。

それを舌で転がす。すると、ちょっぴりビターなチョコレートだ。

最初はビターに感じるが、舐めていると、段々と甘くなる。

それを舐めていると、去年の春から今日迄の歳月を表しているようで、少し笑ってしまった。

『…あ、ごめんなさい…!ちょっと、苦かったかな…?』と俺の顔を覗いた。

『ううん、違うよ。俺にピッタリなチョコレートだよ。…凄く、美味しい』

『良かったぁ…。…でも、それってどういう事…?』

『こっちの話』

ねむちゃんは何度も『どういう事?』と訊いて来るが、俺はそんな事、言える筈もなく、ひたすら口の中で転がしていた。

そして、昔の苦い思い出も、今ではしっかりと甘くなっている。

その幸せを噛み締めながら、俺はねむちゃんと、その帰り道を共に歩んでいった。

 

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