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ひだまりの唄 34

十二月十四日

 

―――あれから一週間位は経っただろうか。俺は話掛けて来る人に無愛想な態度を取っていると、当たり前に誰からも声を掛けられなくなった。

山木もねむちゃんも、勿論、Yも。

Yはいつも学校が終わると、山木とねむちゃんに『行こうぜ』と誘って、何処かへと行ってしまう。

ただ、それでも良いと思っていた。

俺の学校生活ときたら、見飽きる程見てきたこの窓の外側を、机を抱くように上半身を預けながら、ジッと眺める事だった。

そこから見える木々は、もう一枚も葉を残していないと言うのに。

すると、カツ、カツ、とパンプスの踵を鳴らす音が、次第にも近くなってくるも、それでも俺は外ばかりを見つめた。

気になるけど、気にしない。どうせ俺に用が有るわけでは無いのだから。

しかしその音が、俺の机の真横で止まったのを、俺は耳で感じた。

『日野くん、ちょっといいかしら』

俺はふと、それを見上げると、そこには先生が立っていた。

『…何ですか?』

『お昼休みで悪いんだけど、先生にあなたの時間を貰いたいの。いいかしら?』

『…どういう事ですか…?』

『いいから、ついてきて』

そう言ってカツカツと音を鳴らせる先生を、俺は立ちあがる事もせず、見ているだけだ。

そうしていたら案の定、先生が振り返り、『日野くん?』と教室に響く程の声を上げられた。

そうなると、俺は立ちあがざるを得ない。

先生にひたすら付いていく。

俺は正直、内心では『何処に連れていくつもりだ…?』と、疑心暗鬼になっていた。

こう言う時も、ふと脳裏で考える事は、『面倒臭い』だった。

先生が立ち止まる。俺はふと、先生が立ち止まった部屋の名称札を見た。

そこには『生徒指導室』と、銘打った札が、扉の真上に飾られていた。

『…え?』と、俺は目を疑った。

すると、先生は鍵を開けて中へと入る。

『さ、どうぞ』と誘われるや否や、俺は『んな大袈裟な…』と、疑いながらも、生徒指導室に入っていく。

『座って』と先生に、フカフカとした黒いビニール質のソファーに腰かけるよう、促される。

俺はそれに、黙って従った。

先生と一対一の向い合せ。

何を喋るのか、俺は正直、不安の方が勝っていた。

厳粛な威圧が勝った室内で先生と何を喋るのか。

幼稚園から今の今まで、先生と相対する場面など、記憶を辿っても一度も見つからない。

無実無根の容疑者が事情聴取を受ける気持ちが、何となくだが分かる。

その位、先生から生徒指導室に呼ばれる所以など、見つからなかった。

そんな時、先生が重々しい空間の中で口を開いた。

『ごめんね。こんな紛らわしい場所に呼び出してしまって。ここしか無かったのよ。先生、日野くんと少し話したかったの』

なんだ。と、どうやら生徒指導に関わる話では無かった事に拍子抜けした。まぁ、その方が良いのだけど。

『…話って何ですか…?』

『軽音学部の事について、ね。一応私、顧問だから』

『…あぁ、最近俺、行ってないからですか…?』

『そう。明確な活動が去年と比べて出来ていないじゃない?だから、廃部にするか、存続するか、部長であるあなたに決めて欲しいのよ』

また頭を抱えさせられる出来事が増えたと、そう思った。

『存続するつもりはあるんですけどね…』と、頭を掻きながら言うと、『存続させるなら、条件があるわ』と、先生は腕を組始めた。

『条件?』

『何の目的を持って活動するのか、先生に明記して欲しいの』

すると、先生は一枚の用紙を俺に突きつけて来た。

『…目的って…例えば…?』

そんな俺の言葉に呆気を取られたのか、腕を組んだまま一つ息を吐いた。

『いい?去年のこの時期は陽田さんが、地域興しに貢献するように、色々な施設を回って演奏してたじゃない?そう言うのでもいいのよ。何をやるか、それだけでも書いて先生に提出して欲しいの』

『はぁ…』と、俺が生返事を一つかますと、先生は続け様に話続けた。

『はぁ…。って、去年の陽田さんと比べたら、今年は何も活動してないじゃない。それを言ってるのよ。去年は陽田さんが部員を三名以上集められたら部の活動として認めると言ったら、昇降口すぐの踊り場で、看板持ってやってたじゃない。それに入ったのは横室君とあなた。陽田さん、頑張ってたわよ?』

確かにそうだが、マリア先輩と俺を比べられても…。と、正直思ってしまう。

『…そして、心配なのはもう一つ』

まだ何かあるのか。と、俺は先生を見た。

『最近、日野くん元気ないけど、どうしたの?』

普段、あまり喋っていない先生にも見抜かれているのは、よっぽどだと感じた。

やはり山木の言う通り、俺はどこか分かりやすいのかもしれないと、そう感じた。

でも、そんな分かりやすい自分を否定するように、俺は先生にも否定した。

『…別に、なんでもないですよ…』

『…本当に?』と先生に顔を覗かれるも、俺は不意に目線を逸らす。

すると、先生はふー、と、一つ息を吐いて、『…まぁ、いいわ。もし、なんかあったら先生に言ってね?』と、当てにもならない言葉に、俺は一応コクリと頷いた。

すると、昼休みが終わるベルが鳴った。

『…あ、授業始まっちゃうわね。日野くん、呼び出して悪かったわね。授業行ってらっしゃい』

俺は先生と生徒指導室から出る。

『それじゃ、日野くん。しっかりね!』と、先生は俺の肩を叩いた。

俺はそれに溜め息で返す。

そして、教室へと向かおうと振り向くと、そこにはYが仁王立ち。

俺はそれに立ち止まった。

すると、Yは俺を睨みつけて、教室へと戻っていく。

あんな形相をするYなど、見た事が無かったからか、呼び止めようとも思わなかった。

それどころか、『なんだよ。アイツ、何でいるんだよ』と、小声ながら床に唾を吐きつけるように言った。

そして、Yとは凄く距離を置いて、俺も教室へと足を運んだ。

 

―――今日一日の授業が全て終わって、俺は何も音のしない鞄の中に、授業道具を早々に仕舞って、机から立った。

今日も一日終わったと、背筋を伸ばすと、俺は階段を下りる。

昇降口の下駄箱まで辿り着いて、上履きを脱ごうとした時、俺の手首を何者かに捕まれた。

その捕まれた手の力は異常にも締め付けが強く、『って…!』と思わずも声が出ると、その掴んだ奴の顔を拝もうと、直ぐ様その手の行方を辿った。

そこにはYの姿があった。

そのYの顔はまだしかめていて、何処か迫力があった。

それに少し負けながらも、『…なんだよ。離せよ…』と、凄みながらも言ってみる。

すると、Yはその手を離す所か、何も言わずに俺の腕を引っ張り上げて、強引にも何処かへと連れ出そうとしている。

『ちょ…!』

Yは競歩の如く早く歩く。俺はそれに引き摺られる。そのせいで、去年の運動会で二人三脚をやった時、引き摺られながらもゴールした思い出が、こんな時に甦った。

だけど、俺はそれに『いいから、離せよ…!』と、歯向かってみるも、Yは聞く耳を持っていない。

ブルンブルンと、腕を上下に激しく動かすも、それが無意味な程、俺の手首を強く握っている。

すると音楽室、Yはそこをガラガラと乱暴に開けた。

『離せって…!』と、その音楽室の真中で、上下に激しく動かし続けた腕がやっとYから離れた。

『…あー、イッテェ…。ったく、なんだよ!強引過ぎるのも程が有るぞ…!』

Yは俺に背中を向けながら、『何だよ…?ソレ、俺のセリフだよ…』

『…え?』

『お前こそ何だよ…!勝手に腐って、部活動もまともにやらないなんて、いい加減にしろ!』

Yは振り返りながらも俺に怒鳴り付けたが、俺はそれに頑として無視した。

『何だよ…!お前のその体たらく、一つの部の部長がすることか…?!何をやらかしたのか知らないけど、生徒指導室まで呼ばれてさ…!そこまでバカだと思わなかったよ!俺は!』と、俺を射るような目をこちらに向けた。

弁明しようとするも、ここまでヒートアップしているY相手にそれが面倒臭く感じて、俺はYから目を背けた。

『お前が女の子にかまけて、録に部活動も来ない間、俺とねむちゃんだけでどれだけ練習してたか、お前は分かっていないんだよ!部長として失格だよ!マリア先輩に恥ずかしくねぇのかよ!なぁ!』

俺は、頭を掻いた。

『お前も分かるよな…!マリア先輩が去年、音楽とずっと携わって行きたいから、軽音学部を作ったの。それに俺達が加わってさ。俺達もやっとバンドが出来るって、喜んでさ。三人で意気投合してさ!色んなイベントに参加して、『日ノ出学園の軽音学部』を三人で造り上げたんだ。そんなマリア先輩が作った軽音学部、お前も無くしたく無いだろ…?!その為にねむちゃんも入ったんだぜ…?!それなのに、本格的に練習してんの、俺とねむちゃんだけだ…!三人いないと、部として認められない。今の軽音学部は廃部と言っても過言じゃねー!しっかりとしてくれよ!』

俺はそんなYの説教にうんざりとして、頭を掻いたまま、溜め息を一つ吐いた。

『…ったく、どいつもこいつも五月蝿いな…』

『…何…?』

『…そんなにやりたきゃ、仲良くねむちゃんとやってれば良いじゃん。頑張れよ、キシヤクン』

俺は後ろを振り返りながら手を振ると、いきなりYが俺の肩を強引にも掴みあげた。

そして、そのまま、胸倉を掴まれた。

『…マリー、お前やっぱり勘違いしてるな…?』

静かな口調でYは俺に煽りを入れる。

『…なにがだよ…?』

『…さてはお前、ねむちゃんの事、好きなんだろ…?』

『…何…?』

『歩弓ちゃんにも、葵ちゃんにも、そしてマリア先輩に振られて、今度はねむちゃんかよ…。ダセェな。お前』

そう言ったYに、俺は掴まれた胸倉をグッとにぎり返した。

お互いが身体を押し付けあい、拮抗として離れない。

すると、『それだったらさ…!』と、勢いをつけて、Yが俺の上に乗り掛かるように煽りながら、俺に、言った。

『俺からねむちゃん、奪ってみろよ…!』

そう言ったYの勢いに負けて、俺は背中を反らせて、目を広げながらYを見た。

『…Y?なに言ってんだよ…』

驚き様に言っているのにも関わらず、Yは一点の曇りもない眼差しで、睨んでいると言うよりかは、俺をじっと見つめていた。

『…本気かよ…』

『本気だよ…。だからさ』

Yは段々と、俺の身体を押し付ける。

『…マリーも、本気出せよ』

それに屈するかのように、俺は身体を起こす事が出来ないまま、Yをただただ目を大きくして見つめるだけだ。

すると、ガラガラと扉が開く。

俺とYはその扉の開いた方向に目を向けた。

夕陽の光りを背中に纏ったねむちゃんが、俺達二人を訝しげるように見ていた。

『…何…してるの…?』

ねむちゃんが、今にも消え入りそうな声で、そう言った。

するとYが俺に構いもしないで、そのまま俺の胸倉を瞬時に離す。

そうされると、俺は尻もちを着かざるを得ないのだ。

ドスッと鈍い音に、俺は『イタ…!』と言うのと同時位か。Yは『…別に、何でもないよ…』と、先程の凄みを咄嗟に隠していた。

『…嘘だ…』

『…嘘じゃないよ』

『…嘘!!』

すると、Yは頭を掻きながらやれやれと言わんばかりに、鞄をひょいと持ち上げた。

『…まぁ、いいや。ワリィな、マリー。俺、帰るわ』

そう言って、Yは音楽室から出ていった。

『…ちょっと、岸弥君…!待ってよ!』

ねむちゃんの声も聞き入れないまま、Yは帰っていく。

Yを気にしつつも、ねむちゃんは尻餅を付いた俺の所まで、駆け寄った。

『日野くん!大丈夫…?』

俺は尻を手で擦りながら、『うん、なんとか…』と、返事をすると、ねむちゃんはそんな俺の腰を擦ってくれた。

『…ありがとう、ねむちゃん。もう、大丈夫。もういいから…』

『…でも…』と、ねむちゃんは俺の身体の気を遣うが、それがどうも落ち着かない。

俺は『…いや、いいから。それより…』と小声でどもるような声を発しながら、心にも無い事を言ってしまった。

『…Yの所…行ってやれよ…』

『…え…?』

『…俺なんかの事は良いからさ、Yの所、行ってやってくれよ…』

俺がそう言うと、少し、無言が続いた。

それが不穏に感じて、俺が恐る恐るとねむちゃんの顔を見た。

すると、ふいっと俺から顔を背けながらに立ちあがり、そのまま音楽室から出ていった。

どうした事だろう。気のせいなのか、顔を背けるその刹那、どこか切な気な面持ちを見せていたような、そんな気がした。

『ねむ…ちゃん…?』と、誰も居なくなった音楽室で言ってみても、今更だった。

その声は誰にも伝わる事は無く、空しく響くだけだ。

誰も居なくなった音楽室を出る。廊下の窓からはオレンジ色の陽ざしが、真っ白い廊下を染み渡らせる様に入っている。

だが、この陽ざしも永くはない。直にここも真っ暗になり、廊下の天井にある蛍光灯が、光りを灯すだろう。

そうなる前に、昇降口から上履きと外靴を履き替える。

そのまま、校門を出ると、空にはオオワシが優雅に飛んでいる。

『お前は良いよな…』なんて、柄にも無く遥か彼方で飛び回っているオオワシに向けて言った。

だが、当たり前にもそんな声は届くはずもない。

先のねむちゃんを呼び止めようと放った言葉みたいだ。

そのまま、徐に歩を進める。

すると、エオンがあった。

エオンの入り口前の並木通り、その一樹に背中を預けながら、ねむちゃんが待っていたのを思い出した。

そう言えば、寒い中で、ウタナナタウから俺が帰ってくるのを、ひたすらここで待っていた。

脇目も振らず、ただただ一心に。

俺には決して真似できない。

そして、俺はふと、後ろを振り返る。

夏のここはお祭りの屋台が出回っていて、とても賑いを見せていた。

その時は的屋をやった。俺が狙いを外して、ニムオロ戦隊シマレンジャーのシマレッドのお面を取った時も、ねむちゃんは俺に気を遣って、そのお面をしてくれていた。

あの時は酷く落ち込んだが、今となってはいい思い出だ。

振り向いて歩を進めると、気が付けば、俺はねむちゃんとの思い出に耽ってしまっていた。

確か、一番始めに会ったのは、ねむちゃんが転校してきて、マリア先輩から新入部員を集めるように囃し立てられた時、Yが転校してきたねむちゃんを誘ってみろと言ったのが全ての始まりだった。

俺はその時、誘う勇気がなく、もじもじとしていたら、ねむちゃんが駒場達に絡まれて、それをなんとか助けた。そこで、勇気が沸いたんだ。

『俺達の軽音学部、入ってくれないか?』

そんな事、よく恥ずかしげも無く言えたものだと、熟と思う。

だがそれよりも、そう誘いながらも一度断られているからか、尚更恥ずかしい。

思い出して、奇しくも一人でフッと笑った。

まだ夕陽が落ちていないのを見計らって、俺は少し遠廻りをして帰る事にした。

その向かった先は、一週間前にYと見た大きな公園だった。

三つあるサイロのど真ん中。松の木は植樹されていて、彩飾も施されている。

天辺には大きな星が金色に輝いている。

キラキラ光っていて、神々しくも見えた。

青や黄色、赤や緑等のライトが公園一帯を照らしている。

今年のクリスマスイベントこそは印象には残るだろう。

ただ、Yの言っていた迷信とは無縁となりそうだが。

俺はそれに背を向けて、帰路についた。

 

『ただいまぁ』

『あら麻利央、今日は早いのね』と、雑にもお玉を持ったまま、母さんは俺を出迎えた。

『今日は晩御飯、お家でたべるんでしょ?』

『あぁ、家で食う』と、俺も雑に返事をしながら、自室へと向かった。

鞄と一緒に俺の身体もベッドに投じる。

ドサッと鈍い音を出して、俺は枕に頭を置きながら、天井を見た。

そう言えば今ごろ、アイツは何処にいるのだろう。

音楽室付近を探しても居なかった。…と、言う事は、走ったときにでも落としてしまったのだろうか。

そして、俺はベットから身体を起こして机を見た。

机のクリアカバーの下に、桜の花びらが一枚、仕舞われていた。

『あれ、そう言えば…』

俺はその花びらを取って、表裏を返しながら、まじまじと見つめた。

『なんだか…懐かしく感じるよ…』

俺はその桜を見て、またもねむちゃんの事が、頭を過っていた。

そう言えばこの桜、ねむちゃんと初めて一緒に帰った時、俺に舞い降りた一枚の桜と、ねむちゃんが手に持っていた一枚の桜、それと交換をした事を思い出す。

そう、この桜は、ねむちゃんに舞い降りた一枚の桜だった。

『散った後でもこの桜、本当に綺麗だ…』

そんな色褪せない桜を見て、俺はねむちゃんとのその思い出も、色褪せてはいなかった事に気付く。

そう思うと、その桜の花びらを電気に透かしてみたくなる。

透き通っている桜を見て、色褪せていないという言葉が出てきて、何処か面白くなり、少しにやけた。

この桜を見ていると、温もりさえも感じる。

俺はこの桜を受けとる時、中々、うまく会話を出来ないでいた事が、少し恥ずかしくなった。

今はまだ真面な方だと、自分でも思う。

いや、今もまたぎこちなくなってきているのかもしれない。

そう思うと、電気に翳していた桜を下ろしてしまう。

なんだろう。冬の夜なのにも関わらず、春の温かい陽ざしを浴びているかのような、この温もりは。

まるで、白昼夢を見ているかのよう。

疑問に思って、俺は胸に手を当ててみた。

暫く目を瞑りながらじっとする。

…なんだ、そう言う事か。

胸が高鳴っているだけじゃないか。

 

『麻利央ー!ご飯、出来たわよー』の声で、俺は階段を下りる。

今日は洋風で、デミグラスのチーズハンバーグ。サイドには丁寧にブロッコリーの素茹でとじゃがいもにバターが添えてある。

俺はマヨネーズではなく、このデミグラスソースにブロッコリーをつけて食べるのが好きだ。

と、言うか、三分の一位はもう既についている。

わざとなのか偶然なのか、分からないのが母さんの所業だ。

だが、そんな事は厭わにせず、俺は手を合わせた。

『頂きます』

父さんは居ないが、家族で食べるご飯が久しぶりな気がした。

『『お兄ちゃんいるなんて、久しぶり!』』

『そうねぇ。麻利央、そう言えば明日から期末試験だけど、大丈夫なの?』

『…なんとか』と言いながら、ハンバーグとその上に乗っているチーズを伸ばしながら食べた。

『赤点はやめてよ?心臓に悪いから…』

『大丈夫だよ…』

『…そう言えば一週間位、横室君の顔見てない気がするけど、なんかあったの?』

『…なんも無いよ』

みそ汁を啜りながら、母さんの声をかき消そうとするも、それが無意味な程、よくしゃべる。

『そう?だったらいいんだけど…。ほら、あなた達、分かりやすいじゃない?喧嘩したらお互い中々口を利かないけど、気が付けばある日ひょっこりと仲良くなるから、心配はしてないんだけどね?まさか、二人とも好きな子が出来て、その好きな子が同じ…何て事にでもなったのかなって。母さん、変な事考えてたのよぉ』

すると、俺は思わずもみそ汁を吹いてしまい、妹弟達に掛けてしまった。

『『うわー!お兄ちゃん、きったなーい!』』

『やだ!麻利央ったら!布巾布巾!』

『あーもう!ったく!母さんが変な事言うからだろ!』

『…変な事?…え?まさか…』

『『え?何々?お兄ちゃん、好きな人いるのぉ??』』

『五月蠅い!部屋、戻る!ご馳走さま!』

母さんに図星をつつかれて、俺は階段を上って自室へと向かった。

折角、家族円満でご飯を食べられたと言うのに、これじゃ台無しだ。

そして俺はまたもベットに寝転んだ。

何をしても踏んだり蹴ったりなこの日常に、俺はそろそろ嫌気が差し始めた。

『なんでこうなるかなぁ…』

そう言えば、明日から期末試験。そんな事、頭からすっかりと消えていた。

俺はベットから起き上がって、一応机には向かっては見たものの、やはり集中出来る筈がない。

頭の中は、Yとねむちゃんで一杯なのだから。

『…あーあ、なんてタイミングなんだよ…。畜生…』

俺は励む訳もないテスト勉強をする為に、鞄から教材を取り出して、ただただ眺める事がやっとだった。

 

 

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