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ひだまりの唄 1

四月九日
 
『アーッ アーッ アーッ』

窓を見たその光景が、何時もよりも高くから眺めている事にも気がつかない程、ボーッとしていた。

『何、ボーッと外眺めてんだよ』

こいつは横室岸弥。日ノ出学園の二年生で、俺の同級生。幼稚園からのくされ縁で、その頃から玩具のギターを弄って遊んでいた。

そうして気がつけば、中学、高校といつも一緒だ。

だが、いつも一緒にいた俺と違うモノが岸弥にはあった。それは、こいつがモテるという事だった。

だが岸弥は、告白をされては振ってを繰り返している。

俺には分からない。何故、勇気を振り絞って告白をしてくる女子を、悉く振り続けて行くのかを。

『マリー、ボーッと外ばかり眺めてると、時間経つ事さえ忘れちゃうぜ?』

二つあるサンドイッチを、一つ俺に差し出しながら言った。

『うっさいなぁ…。てか、もう昼休み?!』

『ほうら、もう忘れてんじゃん』

小さい頃は『マリー』なんて、外国人みたいなあだ名が嫌いだったが、最近になってやっと慣れた。そう言えば、俺の周りにもう一人、外国人みたいな名前の先輩がいるんだけど…。

『岸弥、マリー!いる?』

その女性はか細い腕を縦に振りながら呼んでいる。

『マリア先輩!』

噂をすればって奴かな。彼女の名前は陽田マリア先輩。

彼女は高校三年生で俺たち二人の一つ上。気さくでとても話しやすいんだけど、少し男勝りな性格が玉に瑕。

だけど、先輩一人で立ち上げた軽音楽部に飛び込めたのも、そんな情熱的な性格が伝わったからなのかもしれない。

でも、今年の春は俺達『新入部員』が、部員収集に打って出なければいけないのだが、去年の先輩みたいな情熱は、俺達二人には当然無い。

『興味があれば入ってくるでしょう』と、依然とした態度を貫こうとしていたが、もちろん、それを先輩は許すわけも無く、『今年、新入部員入るかなぁ?このまま三人だけだったら、つぶれちゃうよー!』と、囃し立てて来た。

『スリーピースバンドみたいで、カッコいいじゃないですか…』

『あ、出た出た。マリーはいつもダルがりなんだよなぁ』

『そう言うお前は何か対策、打ってるのかよ』

『対策…ねぇ』

すると、岸弥は顔を仰ぎながら、ニヤリと口を開いた。

俺は『出た出た』と、その顔を横目で見た。そんな顔を浮かべる岸弥の案は、いつも録な案では決してない。

『そう言えば、うちのクラス、転校生が来たんですよ?』

俺は『はぁ?』と言わんばかりに開いた口を、岸弥に見せつけたつもりだったが、気にも留めず、『席もマリーの隣りだから、いつでも声を掛けられると思うんですよねぇ~』

『あ?!俺の…隣り?!』

『そう、マリーの隣り』

『聞いてねぇぞ?!』

『聞いて無かっただけだろ?先生、さっき言ってたろ。転校生の女の子が来るって。だから先生、いそいそとお前の隣りに机をセッティングしてたんだぞ?』

俺はハッとした。

『マリーの隣り…かぁ』

俺は思わず自分の席を振り返り、ジーッと睨みつける様に見ていたら急に、『何、鼻の下伸ばしてるのよ!』と、先輩に肘で小突かれてしまった。

『べ…別に!伸ばしてなんか無いッスよ…』

すると、ベルが鳴った。

『…潰れるよりマシ…か。それじゃマリー!頼んだわよ!』

『それじゃマリー、頼んだぜぇ~』

無責任にも、俺に重い責務を転嫁した岸弥に恨みを込めて、お気楽なその声を脳内で何度も響かせてしまった。

席に着くと、先生がガラガラと教室の扉をスライドさせて、入ってきた。

『はぁい、静かに!早速ですが、転校生の紹介に入りたいと思います!…それじゃ…前へ』

すると、静かな足取りで一歩一歩、教室の中央、壇上にある教卓の前まで、そのストレートに長い髪を靡かせ、歩いてきた。

そして先生が『自己紹介を』と、言うと、転校生のその子は、静かにゆっくりと言った。

『霧海 ねむです。よろしくお願いします』

『おしとやか』と、言うのだろうか、はたまた、『容姿端麗』と、言うのだろうか。嫌々、『秀麗皎潔』と言った方がいいのか。彼女に合った言葉が見つからない迄に、頭の中では困惑と当惑が入り乱れて、俺は不意にも、机に突っ伏をしてしまった。

先生が転校生なる彼女の経歴の紹介でもしているのだろう。

しかし、そんな話、耳に入れられる訳も無く、ただただ『どうしよう…!』を連呼するだけ。

『…との事だから、皆、仲良くして下さいね。それじゃ、あそこに座って』

『はい』

一歩一歩、その一歩一歩が近づく度、足音が木霊するように聞こえて来る。

俺は唾をゴクッと飲んだ。椅子を引く音も小さく、座った後、机といい感じに寄せる音も聞こえない。

『あれ?俺、緊張してんの?なんで…こんなに緊張してんだ?!』

…と、頭で怒鳴っても、響いているのは俺の頭の中だけ。

そして、ふと、窓を見た。

悠々自適に渡鳥が青々とした空を飛び回り、波が静かに揺れている。それを見て、少し心を落ち着かせようと、必死に努めた。

『それでは、早速授業に入りますねー』

隣には、先生の話に耳を傾けているネムちゃんがいた。

その隣には、どうやって誘おうか頭を傾ける俺がいる。

視点の先を窓に持っていき、なるべく隣の彼女を見ないよう、心掛ける。

しかしその瞬間だった。俺の目の前の風景が急に激しく揺れだした。

それはまるで、窓という額縁の中で動く絵画でも見ているような、その位激しく動き、そしてその位、感情が揺さぶられる。

なんだろう。それが、腕枕に頭を乗せながら見ている俺にも、強烈に心は突き動かされた。

毎年、春の北海道ではそんなのよくある光景で、それもこんな最東端と来たら、桜前線なんてあって無いような言葉だ。

桜の花が咲き始めるのは五月で、遅い年では、五月も中旬から下旬にかけて咲くのだが、それも強風なんて吹けば一気に散ってしまう。その位、海辺に近いこの街では、風なんて当たり前なのに。
だがそんな風景を目の当たりにしてしまった俺は、遠い昔に岸弥とだけ交わした『秘密の約束』ってヤツが、自然と脳裏に過るのだ。

『マリー…マリー…』

窓の景色をただ眺めている俺に、誰かが声を掛けて来た。

『…あの日の約束を果たすなら、今だよ。勇気を出してよ』

俺は悪夢でも見ているのか。腕で作った枕から、思わず頭を離してしまった。

『だ…誰だ?』

俺は正体も分からないそいつを見つけ出したい一心で、小声ながらも、呼び掛けた。

『…もし勇気を出せないのなら、勇気が出る魔法、掛けてあげるよ』

俺は静かに辺りを見回したが、誰も話してはいなく、口が動いているのはここからは数畳も離れている先生だけ。しかも、その声は、大分幼な声で、到底大人の女性でも出せないような、そんな声だ。

だが、その声は、いつの間に聞こえなくなった。
ふと、窓に目をやると、外の風は、まだまだキレイな円を描きながら舞っていた。

『なんだったんだろう…』なんて、頭をくしゃくしゃと撫で荒らして、下を俯いた。

溜め息が自然と込み上げ、俺は一途に考えようとした『彼女の誘い方を見つける方法』も見つけられていない。

正直、『誘わなくても良いか』とまで考え出していたのだから、見つけていないのではなく、見つけようともしていなかったのだろう。

『…と、言うことですので、明日までには纏めておいてね!それじゃあ、二時限目、終わりにします』

すると、学級委員長の『きりーっつ!!』の号令と同時に、椅子がガタガタと喧しく騒ぎ出した。
それに遅れて、『おっと…』と、俺が一番最後に、喧しくも騒がしく無く、音を出した。

『れーいっ!!』と、一同で先生に頭を下げ、俺が顔を上げる頃には、隣にもう彼女の姿は無かった。

『…あー、くそ』とヤケになった言葉を心の隅で思っている一方、『どうせ隣にいた所で声を掛けても…。喋ること、纏まって無いし…』なんて思いが、心の中央で胡座をかいていた。

そんな事を考えていたら、列の一番後ろにいる俺の三席程前から、岸弥がひょっこりと顔を出した。

『声、掛けられた?』

意地悪そうに、ニッコニコな笑顔を見せながら、こちらに近づいて来た。

『そんな訳…無いだろ』

『おい~!どうすんだよぉ~。廃部にするつもりか?』

『バカ。そんな事、絶対にするわけ無いだろ』

『はぁ~…』と深く溜め息を吐いて、俺の肩にずっしりと全体重をその片手にでも乗せて来たかのように置いた。

『肩、重いよ…』

『まぁまぁ、とりあえずトイレ行こう。トイレ』
岸弥に背中を押されながらも、『俺は出ない。何も出ないぞ!』と、抵抗を露にしていても岸弥は気にも留めようとせず、押して行った。

俺と岸弥が二人で肩を並べ廊下を歩いていると、ツンツンと肘で小突きながら俺に言った。

『なぁなぁ。転校生、可愛く無かった?』

その時、俺は頬を染めていたのかもしれないが、それでも内心を隠す様に、必死に抵抗をかけ、『バッ…!お前、俺はそんな風に見る余裕も無かったよ!』と体だけを右往左往とさせて言った。

『俺は可愛いと思ったよ?』

はぁ…。そんな事をサラッと言えるから、岸弥はモテるのかもな。と、その時思った。

しかも、そう思った矢先、俺の目の前で、俺からしたら地獄絵図でしか無いような出来事が、起こった。

『あ、岸弥くーん♪今日の放課後空いてる?』

パチンと両手を重ねながら『ごめーん!今日、バンドの練習あるから…』

『岸弥くん!あの…あの、今日時間あったらでいいんだけど…』

『ごめーん!今日も時間作れそうにないんだぁ。ほら、新学期始まったばかりだから、色々用意があってさぁ』

『キシヤン♪今日さぁ~…』

『あー!ごめん!ほんっとうに申し訳ないんだけど…』

『岸弥くーん…!』

あー、なんだこれ。隣で歩いている俺のオマケ感が半端なく、痛烈に左胸の奥の奥の方で、グサグサと何かが刺さっている。

絶え間なく次から次へと岸弥に声が掛かる。

その間の俺と言ったら、黙って岸弥に向けて放たれている黄色い声を、隣で両の手に握り拳を作りながら、黙って聞く他無いのが、空しかった。

そして、男子トイレに着いた頃には、岸弥も壁に手をつけて、息切れをする程だったが、俺の方が尚更だ。

『あ~…。ここのトイレ迄やっとだよ』と、岸弥は壁に手をあてながら言った。

『なんだよ…これ』

『え?』

『何でお前にそんなに声が掛かるんだよ!アホか!ハリウッドスターか!お前は!』

別に岸弥は悪く無い。たくさんの女子から声を掛けられている岸弥を俺は嫌いじゃないのだが、この時は何故かは分からないけれど、少しムッとしてしまった。

『大体、何だよ『マリー』って。外国人か!俺は!俺は『日野 麻利央』って名前がしっかりとあるんだよ!それを名前の二文字だけ言いやがって。『オ』を付けろ!『オ』を!』

岸弥は滅多に怒らない俺を見て、呆気に取られたような表情を浮かべて、キョトンとこちらを見ている。

『大体、お前の方がハリウッドスターみたいなんだから、お前が外国人みたいなあだ名の方が似合うんだよ!そうだな…お前は今日から『Y』だ!『Y』!』

すると、岸弥はプッと笑った。

『あはははははははは!』

『な…何がおかしいんだよ』

『はぁーはぁー…。いや、ごめん。だってさぁ滅多に怒らないマリーが急に怒るんだもん。びっくりしてさ』

岸弥はお腹を抑えながらひーひーと言わせ、息を整えようとしていた。

ところが、『いや、でもさ。寄りによって『Y』は無いだろ『Y』は。ただのイニシャルじゃん。あははは』と、また笑い始めた。

『あぁ、もう!笑うな!Yめ!』

『やめて、やめてぇー!Yはやめてぇー!あははは!』

そんな時、トイレの外から声がした。

『やめて…!』

俺とYは、そこで目と目を合わせ、トイレを出た。

『何だよ、いいじゃん。転校生でしょ?友達いないと思ってさ』

トイレから出て直ぐに左を見ると、廊下の窓際まで追い込まれているねむちゃんが一人、見るからに柄の悪い男三人に詰め寄られていた。

『それより、髪、キレイじゃん。水色で甘い香りがするよ。これ、染めてるの?それともハーフ?あ、クウォーターとか?それにしても水色は珍しいよね?どこの出身なの?』

『そんな事どうでもいいよ、駒場。それより、珊瑚の髪飾りがとても似合ってるねぇ』

『俺も思ったんだよ、常磐。綺麗だよなこれ』

すると、その常磐って男がねむちゃんの髪飾りに触れようとしていた。

それを嫌がる様に顔を横に振って、必死の抵抗を見せつけている。

ギャラリーは集まっているものの、皆見てみぬふりなのか、助けに行く勇気が無いのか。

だがそれもその筈で、見るからに柄の悪いこの三人は、この高校でも折り紙付きの三人。

松ヶ枝に駒場に常磐。悪くて有名な三年の三人集だ。

『おい、行くぞ』

Yが言った。

『え、ちょ…待てって、岸弥!』

俺も狼狽えながらも、Yの後をついて行こうとしたその時だった。

再び廊下の窓から風が、ヒューっと、隙間を縫って入ってきた気がした。

『…今、勇気をあげるよ』

そんな声が聞こえた時、決して駆けっこでYに勝った事が無かった俺が、Yを追い越し、何故かその三人の前で、気がつけば仁王立ちしていた。

『おい、なんだお前?』

そう言われた時、思わず挙動を取ってしまったが、ねむちゃんが大の字に手を広げている俺の背中に身を寄せ、怯えていた。

それを見て、俺の挙動も止まった。

…のだが、『や…やめろぉ』と、思わずも棒読みで言ってしまった。

『あ?』と、言いながら駒場がごっついボウズの頭を、俺の体に擦りつける様な勢いで、ぐりんと一つ回しながら、その怖い顔を俺の顔の近くまで持っていき、タンカを切ってきた。

俺も『あ?』と言われたからか、『あ…ア?』と言い返すと、数十倍も大きな声で『あぁ?!』と言われたのに、凄みそうになった。

が、俺自身でも何故かは分からなかったが、続けて言葉を吐いてしまった。

『あ…あのさ、人が嫌がってるのに…駄目だよ。こんな壁際に詰めよったら、誰だって怖いじゃない…?だからさ…』

『あぁ?!だからなんなんだよ!はっきりしゃべれや!』

すると、駒場が俺の体を強くド突いた。

後ろに仰け反りそうになった俺を、相当怖いのだろう、強く抑えてくれているねむちゃんのお陰で、耐える事が出来た。

そして、その後に咄嗟に出た言葉が『暴力は、良くない!』だった。

『暴力じゃねぇよ。コミュニケーションだよ』と、両の拳をバキバキと鳴らした常磐が前に出てきた。

すると、その常磐の後ろから『今だ!』と、叫びながらYが常磐を押さえつけた。

『マリー!今だ、逃げろ!ねむちゃん連れて逃げろ!』と、叫ぶと『そうはさせるかよ!』と、駒場が俺に襲いかかってきた。

『ちょっと待てって!暴力は…!』と言った瞬間、『手ぇ出したのはそっちだろうが!』と叫びながらこちらへ猪突猛進として来る。
その時、ねむちゃんが足をすくませ、床に座ってしまった。
 
襲いかかってくる駒場を避ければねむちゃんに当たってしまう。もう終わったと、そう思った瞬間、俺は何故かステップを踏んだ。

それに三人はキョトンと目を瞬きさせた。

そして俺はべらべらと思ってもいない事を口走っていた。

『いいか。喧嘩は良くない。だから、ダンスだ。ダンスで…対決だ』

『………』

『………』

『…お前、何言ってんだ?』

専らやった事が無いぎこちないダンスを、その三人の前で披露した。

すると、『やめな!』と、聞き慣れた怒号が廊下中を響かせた。

『マ…マリア先輩…』

すると、マリア先輩は腕を組ながらカツカツと三人の前、即ち、俺のまん前に立って三人に言った。

『三年にもなって何やってるの!?恥ずかしいと思わないの?!』

『あん?うるせぇな。ちょっと転校生に優しくしようとしていただけじゃねぇか』

『それが逆効果なのよ。端から見たら、ただのいじめにしか見えないもの。正直、ダサいよ?もう、そう言うの卒業しないと、学校の卒業証書自体、貰えないわよ?』

すると、その駒場達の担任の先生だろう。パンパンパンと手を鳴らし、こちらへ近づいて来た。

『おい!お前達、何やってるんだ!授業始まるから教室へ!早く!』

すると、ギャラリーを初め、折り紙付き三人集も『チッ』と、舌打ちを交えながらトボトボと帰っていった。

『ふぅー』と、マリア先輩は一つ息を吐いて『大丈夫だった?』と、ショートロングの茶色が掛かった髪をフワッと揺らせながら此方を振り向いた。

『マリア先輩~!もう、ちょっとヒヤッとしましたよ。寿命がグンと縮まりましたよー』

『もう、岸弥はいつも大袈裟だね。マリーは…大丈夫だった?』

『いや…。正直死ぬ覚悟を持ってステップを踏んでましたよね…』

『…て、言うかマリー。何でステップ踏んだよ。意味わかんねぇ~!』

マリア先輩のお陰で難を逃れた俺達三人は、和気藹々と話する中、ペタリと床に付けた腰を浮かせられないままのねむちゃんが、此方を見ていた。
それに気がついた俺達は、皆を見合って一つ頷き、さっきので全ての勇気を使い果たしたのかと思った俺の振り絞る勇気が、まだ少し残っていたからか、俺は徐にねむちゃんに近づいて、バッと真っ直ぐに腕をねむちゃんへと伸ばしながらに、言った。

『俺達の軽音楽部、入ってくれないか?』

外の風は、そこでピタリと止んだ。

俺の伸ばした手に、ねむちゃんは笑って、その右の細い腕を静かに伸ばして、手を重ねた。

その繊細な腕を優しく引っ張り、彼女を起こした。

照れくさそうな表情で『ありがとう』と、にこりと笑ったのに対し、俺も『え、いや…』と俯きながら頭をポリポリと掻き、照れくさく笑った。
すると、次の瞬間だった。

『ごめんなさい!』

ありがとうの後のごめんなさいが、すごく唐突に感じて、俺は思わず彼女を二度見した。

『実は…こっちに転校する前まで合唱部に入っていて、転校した後も、合唱部に入ろうともう決めていたの。せっかく誘ってくれたのに、本当にごめんなさい!』

正直、膝から崩れ落ちる様な勢いだったが『いや、いいんだよ!そんな、謝らないで。うん、こっちも急に誘ってごめん』

たじたじで言った俺の言葉には、気持ちなど入っていなかったのだろう。

それでもねむちゃんに『ごめんなさい。皆さんも、本当にごめんなさい』と、何度もペコペコと頭を下げた。

それを見て、マリア先輩がねむちゃんの前に出た。

『嫌だ、謝らないでよ。だって、貴方にはやりたい事があるんでしょ?私と貴方で環境は違うけど、やりたい物に対しての気持ちは変わらない。お互い、頑張ろう!』

両の肩にポンと手を乗せながらマリア先輩が言うと、ねむちゃんはそれに無言で、力強く頷いた。
するとマリア先輩がねむちゃんににこりと満面の笑みを掛けた後、振り返って俺とYを見た。

『さぁさぁ、戻った戻った!授業出よ!それじゃ、二人とも、放課後部室でね!』

Yシャツを腕まくりしている右手を振りながら、マリア先輩は教室へと戻っていった。

するとYが『俺達も行こうか、マリー』と、背中を一つ思いきり伸ばして言った。

『おう』とそれに一つ返事をして、放って置けなかったねむちゃんにも『一緒に教室、戻ろう』と、手招きをした。

小走りでこちらまで来た彼女に、俺とYは笑顔で迎えて、三人で他愛ない話をしながら教室へと向かった。

その他愛ない会話が、俺は少し、楽しかった。




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