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ひだまりの唄 15

八月八日

次の日の朝、喧騒もないこの町は穏やかで、澄みきった潮風が俺にとったら爽風と感じる。

静寂としている中、漁師が網をこさえて船から降りている様も目に取れる。

ご機嫌な潮風は俺の背中を押す。すると、開店前なのにも関わらず、俺は裏口の扉を開けた。

以前の混んでいる様子が、ここの場所からは予測も出来ない程、店内は森閑としていた。

今日のこの街は平穏だと心身共に染み入って感じる日、そんな澄みきった物に任せて、俺は葵ちゃんと話そうとした。

『イヤだ!!』

途端に、怒号が鳴った。

『なんでそんな緊迫した状況で私に頼むのよ!』

『お願いだよ。葵ちゃんしかいないんだ。本当、一生のお願い!』

手を合わせて葵ちゃんにひれ伏すも、葵ちゃんは断固として拒んだ。

『イヤよ。どんな曲かも分からない、しかもオリジナルな曲でしょ?そんなの直ぐに出来る様な物じゃないもん』

『いや、そこは葵ちゃんのセンスに任せるから』

葵ちゃんは尚も頑なに首を振った。

『任せるって言われても、困るものは困る。それに、センス任せでやったら滅茶苦茶になっちゃうのが目に見えてるじゃない』

両手を腰に当てて、ふいっと顔を背けた。

『頼む…!本当に頼む…!もう葵ちゃんしかいないんだ…ね?おーねーがーい!』

『何で私しかいないのよ』

葵ちゃんが背けた顔を少しだけこちらに向けて、訊いた。

そこで俺は少し、うっ、と身を引いてしまったが、踏んばりを効かせながらも振り絞り、言葉を乗せた。

『…だって、それはさ。ウタナのじいさんと一緒にセッションした時に思ったわけだよ。葵ちゃんとセッション出来たらどれだけ楽しいかって。ただ上手いだけじゃなく、楽しかったから、一緒にやりたいから、こうやって誘ってるんだ。俺だけじゃなく、Yだって、葵ちゃんとセッションしたいって、そう言ってるんだよ?』

俺が身振り手振りを大きくして言うと、葵ちゃんは腰に置いた手を、胸の辺りで組んで頭をまた背けた。

『一ヶ月、一週間だとウタナのじいさんの事もある。けど、今日と明日だけでいいんだ。頼む!お願いだよ!急かもしれないけど…』

葵ちゃんは尚も頭を捻らせてうんと考えている。

俺はそれに闇雲にならず、素直に待った。

『…ゴメン…』

『どうしても…?』と静かに訊くと、黙って頷いた。

ここまで懇願して、そうポツリと寂しげに言われたら仕方がない。俺も引き返そうと『…ゴメン、迷惑だったよね。それじゃあ…』と後ろを振り向いた瞬間だった。

『待って!』

そう葵ちゃんに呼び止められて、俺は僅かな期待を胸に、振り向いた。

しかし、葵ちゃんはまたもハッとした表情を一瞬ちらつかせ、『…何でもない』と俯いてしまった。

俺が『本当に…?』と訊くと、静かに頷く。

本心ではない事は分かっている。本当はほんの一分でも、やりたい気持ちがあるのだろうと。

でも、葵ちゃんはウタナのじいさんの事を考えてだろう。遠慮をしているのが垣間見えた。

しかし、無理を強いて葵ちゃんの本心に背く事はナンセンスだと思っていた。

その意思を受諾しようと、そう思った矢先だ。

階段を下りてくる音がゆっくりと聞こえてくる。

トントン、と、静かな足取りで。

階段に目を配ると、ウタナのじいさんが顔を出した。

『じいさん…』

『やぁ、麻利央くん』

どうしたのか、ウタナのじいさんの表情がとても暗く見えた。

『どうしたの?おじいちゃん』

『葵、私は大丈夫だ。心配などしなくても良いんだよ』

『え?』

『祭りの三日間、ウタナナタウは一日中閉店にするつもりだ。その間、お前は暇だろう。こっちに来た思い出も作っておいで』

『でもそれじゃあ、おじいちゃんが…!』

『大丈夫。お店がなんとかなっているって事は、私が元気な証だ。今日一日位、なんとかなるさ。葵も初めてだろう。こっちで遊ぶの。大丈夫、やりたい事、やっておいで』

優しく輝かしいその瞳を葵ちゃんに注いで、ウタナのじいさんは笑顔を見せた。

『あ、ありがとう。おじいちゃん』

『え?それじゃあ…』

『うん、やる。やらせて、マリー』

『本当に?!』

『うん。その代わり、ビシビシ行くからね!』

『あはは。よろしく、葵ちゃん』

そう言って葵ちゃんは二階へと上がり、スティックを用意した。

『それじゃあ、行ってきます!おじいちゃん!』

『あぁ。行ってらっしゃい』

そうして、俺と葵ちゃんは学校の部室へと足を運ぶことにした。

『ウタナナタウ休みの時、何してるの?』

『私?いつも勉強してるよ?』

『え?マジ?!偉いね…。それじゃあ、こっちに来て本格的に遊んだ事は?』

『無いよ?でも、それでもいいの。やりたくてやってるし』

『…でも、それだったら今回のライヴ、葵ちゃんには大いに楽しんでもらわなきゃなぁ』

そんな会話を弾ませて、俺達は部室に着いた。

既にYとねむちゃんが来ている様で、各々の練習に励む音が部室から漏れていた。

『それじゃあ、入るよ』

ガラガラと音を立てて部室へと入る。

『おっまたせー!』

『おう、マリー!おは…。あれ?』

『そう、この祭りの時だけ、参加してくれる事になった葵ちゃんだよ』

葵ちゃんは俺の影からひょこりと顔を出して、『よろしく』と、一言礼をした。

『え?いいの…?葵ちゃん』

『うん。腕、大丈夫?』

『…あ、うん。忠告してくれてたのに、無下にしてしまって、ごめんね?』

『ううん。それより無理しないで早く治そうね?その為に私が来たんだから』

そう言うと、葵ちゃんは早速チェアーの上に腰を置いて俺の顔をチラリと見た。

『早く、始めよう?』

『うん。それじゃあ、行くよ』

俺達は葵ちゃんにオリジナルの楽曲を、ただただ聴いて貰った。

葵ちゃんはイメージを沸かせようと、エアーでドラムを叩く真似をしている。

それでイメージが沸いたのか、何度も頷いた。

『いい曲じゃん!うん!なんとか形に出来そうだよ。でも、インからアウトまでオリジナルで叩くけど、大丈夫?』

『大丈夫。リズムさえ狂ってなければ何でもいいよ。ねぇ』

『…そのオリジナルってのが本来難しいんだけどなぁ。流石は葵ちゃん、やってくれるよ。それじゃ、ねむちゃん、歌ってよ!』

そう言って部室には一時的でも、葵ちゃんが参戦してくれる事となった。

葵ちゃんが納得するまで、幾度も幾度も、それは夜が更けるまで、念入りに音のチェックを挟み込んだ。

流石は葵ちゃん、一日で一曲を仕上げられる迄に完成度を高めていってくれたのだ。


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