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ひだまりの唄 44

三月九日

ーーーそれから幾日が経った春休み、三月。

音楽室、所謂、俺達の部室では、マリア先輩に向けてのライブの準備をしていた。

『よし、これで準備完了だ』

『よし、いつも通りだよ…ね!日野くん!』

『うん!そうだよ!』と、ふとYを見てみると、何度も深呼吸をしているYがいた。

『どうしたんだよ』

『…いや、大丈夫かな…ってさ』と、いつもの調子のいいYが、今日は見ない。

『何心配してるんだよ』

『…なぁ、本当にやるの…?』

『当たり前だろ?これがまたとないチャンスなんだ。コレを逃したら、次は無い』

『マジか…。うまく行くかな…』

すると、ベルが鳴った。

『Y!』と、俺は肩を一つ叩いた。

『何だよ』と、俺を向いたYに、俺は『ガンバレ!』と、カタカナ四文字で言った。

するとYは、溜め息をまた一つ漏らしながら『サンキュ…』と、そう言った。

すると、廊下が騒がしくなった。

『…さぁ、始めようか』と、俺が言うと二人は黙って頷いた。

廊下が騒がしくなったのを察した通りに、卒業式が終わって、部室の窓からは、片手に卒業証書を握りしめながら友達とじゃれあう先輩方。

そんな中一人、部室へと駆け付ける先輩が一人。

ガラガラと扉を開けて入ってきたのは、片手に卒業証書を持ったマリア先輩。

『マリア先輩、卒業、おめでとうございます』と、ギターとドラムスティック、ベースをこさえながらにそう言うと、『…あ、うん、ありがとう』と、マリア先輩は、予め準備しておいたパイプ椅子に腰をかけた。

『…それで…これって…何が始まるの…?』

不思議そうにマリア先輩が辺りに目を配らせていると、部室の天井の四隅に吊るされたスピーカーを振るわせた。

この部室も、その振動が伝ったのか、俺達が直立しているこの床も震っている。

ねむちゃんの歌声も、廊下、そして体育館まで学校中をマイクにして響かせている。

だが、誰よりも驚いていたのは他でもない、マリア先輩だった。

『この曲…』と、マリア先輩が呟く。

その時だ。ねむちゃんと俺はアイコンタクトを取った。

この曲の間奏に入ったその時、俺とねむちゃんは、音を徐々に沈ませる。

Yは弦を止めて、俺が弾いてるメロディーと、ねむちゃんのドラムに乗せて口を大きく開いた。

『…マリア先輩…俺、マリア先輩の事が…』

『…え?』

『…マリア先輩の事が、ずっと…大好きでした!卒業しても、応援してます!』

マリア先輩は驚きを隠せず、『え?!Y?!』と、パイプ椅子を倒しながらも、すっと立ち上がるが、その時にはもう、Yはマリア先輩に目も合わせる事が出来ないのか、ベースに視点を合わせながら、定位置へと戻った。

ラストはYのソロ。いつもと違って指もとが震えていた。

そして、そのソロも終わって、少しだけ、ハウリングが鳴る。

Yは息を切らせる。その間、俺とねむちゃんは息を呑む。

それが響いてる間に、マリア先輩とYはお互いを見つめ、目線を離さない。

『Y…本当に…?』

それにYは、一つだけ頷いた。

マリア先輩は今でも信じられないような、そんな面持ちをYに見せている。

が、Yは、そんなマリア先輩を見つめながら『俺…去年から、マリア先輩の事が…本当に…大好きでした』と、そう言った。

『Y…』と、マリア先輩は手を、細やかに震えさせながら、そう言葉を漏らした。

Y、相当の覚悟だったのだろう。

告白をされた数は雲の数ほどあるが、告白をした数は、これで太陽の数と一緒だ。

Yは面もあげられず、それ以上に口を動かそうとしない。

そんなYの表情を見たのか、マリア先輩はグッと唇を噛み締めて、Yの前に立って、言った。

『…Y、私、センター試験、合格したよ』

すると、Yは、面を上げて、マリア先輩をじっと見つめた。

『私、東京に行くんだ…。だから…』

そう言って、マリア先輩はYの目を見つめた。

そして、Yに頭の天辺を見せた。

『ごめんなさい…!』

Yは放心として、ピクリとも動かなかった。

『…今はまだ、Yを…いえ、岸弥をちゃんと見れていないの。だから、直ぐに返事が出来ない…。だって、私自身の気持ちの整理も、やっと付けたばかりだから…』

Yはふっと気が抜けたように肩を落として、マリア先輩のその頭の天辺を、ただただ見ていた。

俺も、ねむちゃんも、そんなYに声を掛ける事が出来ない。

『…でも…でもね?岸弥が良かったら…』

そう言って、マリア先輩がまた面を上げると、Yはマリア先輩の目をじっと見つめて、耳を傾けていた。

『…また、大学生になった…大人になった私を、一から見つめ直して欲しいな…』

『…え?』と、Yは声にならないような声を出して、マリア先輩に言った。

『マリア先輩…それって…?』とYは様子を窺うとように言う、マリア先輩は恥じたように笑みを浮かべながら、言った。

『…それで、岸弥がまだ私の事を好きでいてくれたら、その時は…私から…』

俺とねむちゃんはゴクリと生唾を呑む。Yは息すら出来ていないだろう。

マリア先輩が、ゆっくりと、口を開いて、『好きって…言わせて欲しいな…』と、そう言った。

俺とねむちゃんはパーッと顔を赤らめて、『…Y…!やった…!やったじゃん…!』と異様にも声を張りながら近付こうとするも、Yは『…マリア先輩!』と、叫んだ。

俺も、ねむちゃんも、そしてマリア先輩も、再び口を閉じて、そんなYに目を向けた。

『マリア先輩…そしたら、俺…。俺も…!』

マリア先輩は、うん、と頷きながら、Yの次の言葉を待っていた。

『…東京、行けるように、頑張ります…!』

『Y…!正気か…?!だって…』と、俺が言うと、Yはそんな言葉にも耳を貸さずに、また話続けた。

『…もし、俺も東京に行けたら、その時は俺からも、また告白させて下さい!…そして、今度は四人で…この『ひだまりの唄』をやりませんか?それまで、この曲は大事に、取っておきますから…!』

『岸弥…』と、マリア先輩は手で口を抑えながら、目を潤ませていた。

『だから、マリア先輩…!俺からも、お願いします…!それまで、俺を見届けて下さい…!』

すると、マリア先輩は目を潤ませながらも、優しく笑って、『…うん、分かったよ…。待ってるね…』と、そう言った。

しかし、俺は『おいおいおい…!Y!正気なのか…?!口約束だけじゃ済まない話だぞ!コレは…!』と、Yの元へ駆け寄ると、Yは本気な眼差しで、俺に『あぁ、本気だよ』と言った。

『…大丈夫か?!Yの学力で…』

『大丈夫さ。ねむちゃんに家庭教師お願いしたら、全教科の平均点、八十八点だった。俺だって、やれば出きる!』

『…え、そうなの…?』とねむちゃんを見ると、ねむちゃんは少し笑いながら、頷いた。

マジかよ。俺より三十三点も高いじゃないか。

やっぱりYは天才だったのかと、その時、思った。

『…だから、俺達三人で東京に行って、この『ひだまりの唄』を歌うんだ。俺達なら、出来る!』

勝手にやってくれ、と、その時は他人事として受け止めていたが、ちょっと待て。

『…え?俺達…三人…?』

『あぁ、ねむちゃんとマリーと俺、三人だよ。』

『いやいや!ムリムリ…!無理だって…!』

『何だよマリー…。スタート地点に立つ前に白旗振るの、もうやめにしないか?って言ったの、マリーだろ?俺は、やるよ』

『え?マリー、そんなかっこいい事言ったの?』と、マリア先輩はニヤニヤとしながら、俺を見る。

『いや、覚えてませんよ…!もう…ねむちゃんからも何か言ってくれよ…』

すると、ねむちゃんは『…私目指すところ、元々東京の大学だし…』と、俺の肩を持とうとはしなかった。

『それなら決定だね!…あ、三人とも、私が入った大学、この際だから、目指しちゃえば?』と、悪戯にも笑いながらマリア先輩が言った。

『いや、無理ですよ…!』

『無理って言いながらもやり遂げるのがマリーじゃない。ね!』

『よーし…!なんだか、やる気が沸いてきたぜ…!頑張ろうな!マリー!』

『日野くん!頑張ろう!私たちなら出来るよ!』

『やーめーてーくーれー…!!!』

そう叫び声が消え入る中、春休みも、呼吸をする間に終わってしまったのだったーーー。



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