短編小説「無題」vol.7

 土曜日に行われた試合は、予想していた通り苦戦の連続だった。昨年度までだったら圧勝していた相手に辛勝したが、初戦で勢いを付けられなかったチームの雰囲気は重かった。決勝戦で春季大会優勝校と対戦するが、常に相手ペースだ。キャプテンを中心に声を張り上げるが、どの声にも本音が籠っていないように感じた。
 「まだ大丈夫」
 「切り替えていこ」
 「ドンマイドンマイ」
 どの言葉も、言ったほうが良いと世間的に思われているから言っているだけ。本人たちは本当はそう思っていないのだろう。
 「なんかリズムつかめない」
 「ヤバくない、これ」
 「ここでミスんないでくれよ」
 腹の底ではそんなことを思っているのだろう。監督席で明確なアドバイスができずに肩身の狭い思いをしている私だってそう思うのだ。実際にプレーをしている生徒たちがネガティブなことを思わないはずがない。
 そういうことに思いが至るたび、部活動って何なのだろうと思ってしまう。中学時代は陸上部に入っていた私は、団体種目のそういうところが苦手だ。他人が失敗することで自分が危うくなる、自分がいくら頑張っても他人のせいで負けることがある。そういうことに、納得できない。だったら、勝敗や優劣の責任を全て自分で背負えるほうが、いろいろなことに納得できる。
 女子バレーボール部の顧問なんて、私のような個人主義な人間がやるべきでない。あーあ、早く終わらないかな。
 とはいえ、さすがは昨年度までの市内敵なしだったチームだ。第1セットは相手に取られたが、こちらも22点取っていた。第2セットへの望みをつないでいたのだが、事件は第2セット開始直後に起こった。
 相手のサーブをレシーブした選手が、ボールをあらぬ方向に上げてしまった。そのボールをキャプテンが懸命に追う。あと少しのところでボールは無情にもコートにバウンドしてしまった。
 だが、キャプテンがなかなか起き上がらない。異変に気付いた私やチームメイトが駆けつけると、キャプテンは脂汗を浮かべていた。
 チームの誰も声を発せなかった。
 「まだ大丈夫」
 「ここから追い上げていこう」
 本当に終わった瞬間になると、そういう上辺の言葉は無力だ。誰も終戦の雰囲気を繕おうとしなかった。いや、できなかった。
 キャプテンは精神的支柱であり、プレーでもエースとして得点を重ねていた。担架で医務室に運ばれるキャプテンの代わりに入る選手も気の毒だ。キャプテンの代わりなど誰にも務まるはずがなく、そもそも背格好が違うためコート内の役割も異なる。
 フォーメーションを変える指示が出せるのは、顧問である私だけ。でも、私にはそんなことできない。仕方なくタイムをとり、隣に座る外部コーチの金井先生に指示を任せるが、たかが30秒で何とかなるはずがない。
 その後もキャプテンの抜けた穴を埋めることはできず、7対25で第2セットを落としてしまった。このチームの夏は終わった。
 私にとってありがたかったのは、「負けても仕方ない。誰も悪くない」という雰囲気になったことだ。昨日電話をかけてきた保護者会長はキャプテンの親であったため、「うちの子が最後の最後にご迷惑をおかけしました」といろんな人に謝罪していた。
 「今までキャプテンにはチームを支えてもらっていたので、こういうときこそ私たちが恩返しをしなければいけなかったのですが・・・」と私も形式上頭を下げた。が、「すみませんでした」とは言わなかった。言えなかった。私が謝ることはない、そう斜に構えた心持ちが私の良くないところである。
 しかし、私は今年度しかこのチームと関わっていないが、みんなが頑張ってきたことは知っている。昨年度の調子の良さが逆にプレッシャーになっていることも伝わってきたが、それを跳ね返せるように多くの時間をかけて練習を積んできたことは理解している。
 最後のミーティングで顧問から言葉を贈る場面があった。
 「3年生のみなさん、そして保護者の皆様。これまで2年半、本当にお疲れさまでした。春に顧問が変わりバレーボールのことを全く知らない私が来て、戸惑ったことと思います。練習の仕方や雰囲気が変わったことで、キャプテンを中心に3年生がいろいろと工夫している様子もたくさん見ました。3年生のみなさんがいてくれたから、今日までチームがチームとして活動できました。本当にありがとうございました。」
 そして、こう付け足した。
 「みんなの力になれなくて、ごめんね」
 そう言い頭を下げたとき、意外にも目の奥が熱くなってきた。視界がぼやけ、鼻から液体が垂れてくるのを感じた。
 その後は涙声になりながら、保護者への感謝を伝え、顧問からの挨拶を終えた。全体から温かい拍手をもらい、なんだかむず痒くなってしまった。だが、保護者会長には意地でも謝れなかったのに、生徒を前にしたことで思わず謝罪の言葉が出てきてしまった。なぜなのだろうか。自分でもよくわからないが、自責の念が少し薄まった気がした。
 体育館を出ると、夏の真昼の熱風が私を襲った。日差しも厳しい。色白の肌に容赦なく突き刺さる。こんなところにいたら溶けてしまう。
 普段なら外で紫外線を浴びることを嫌う私だが、この日は違った。日光に刺されることを求めていた。私の頭上を一面塗りつぶしているスカイブルーをいつまでも見ていたかった。
 大きく湧き上がる入道雲のように遠くからでもみんなに見つけてもらえるくらい存在感がほしいな・・・。
 こんな気持ちになるなんて、やっぱり部活動って何なのだろう。

 部活動の大会を終え、家に帰る。途中でそば屋に寄ったので、お腹は満たされている。そばは私の大好物だ。若い女性がジャージ姿で一人そばをすする姿は、傍から見れば異様なものだろうが、そんなことはお構いなしだ。教員はスーパーマーケットにもショッピングモールにもジャージで行ける。あまりにも外見に無頓着な人はビーチサンダルなどを普段履きにしているが、私はさすがにそこまでではない。しっかりジョギング用のスポーティーな靴を履いている。
 そばに添えられていたネギの風味が舌の奥に残っている。その風味でさえもおいしい。保護者会長のプレッシャーから解放されたのだ、自分にご褒美くらいはしなければ、と外食をする罪悪感を払拭しようと努める。
 午後は一昨日もらった父の手紙へ返信を書く予定だ。夏の日差しを浴びサウナと化した部屋にクーラーをつける。部屋が冷えるまでアイスを食べて凌ごう・・・と思ったのに、冷凍庫の中には保冷剤しか入っていなかった。そういえば先週の部活動後に最後の一個を食べてしまったのだ。最後の一個を食べた自分を憎み、食べ終えたにもかかわらず買い足していなかった自分を恨んだ。仕方なく保冷剤を首に当て、体を外側から冷やすことにする。
 冷たいものを求めているのに、首に保冷剤を当てようとする手はおっかなびっくりだ。首にちょっと触れただけで、ヒョンッと体が縮こまってしまう。
 そんなことをしながら部屋が部屋が冷えるのを待つ。そして待ちながら、先日の父の手紙の内容を思い起こす。

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