ライン

「お前のおかげだよ」
軽い礼の言葉に、苦笑いした。
というより、本気で祝う笑顔を作ることができなかった。僕も、あの子のことが好きだったから。それをあの子に伝えないのは、僕が負けず嫌いだからだ。
最初から勝ち目のない勝負に挑むつもりはない。
「……あのさ」
友人が急に真面目くさった顔をする。
「なに?」
僕は半笑いで酒を煽った。
「……よかったのか、これで」
「何が?」
何を言い出すのかと首を傾げると、友人は眉を寄せて僕を見る。悔しそうな顔をしていた。その顔を見て、僕は苦しいような気持ちになって、目を逸らした。
「……今更でしょ?」
呟くと、友人はため息をついた。
「そりゃあね、あの子が選んでくれたら喜んでokしちゃうつもりだったよ? でも、そんなの有り得ないのは分かりきってた。だから、土俵から降りたんだ。気にすんなよ、その程度ってことなんだから」
酔いに任せて言うと、友人はさらに苦い顔になる。
そんな顔をするくらいなら、交際報告などしてこなければよかったのに、と意地の悪い考えが浮かんだ。
僕はいつも脇役で、歩き始めた時にはもう遅い。それには、慣れっこだったから別段今回の結果に不満も何も無い。ただ、勝利を手にしておいて複雑な表情を浮かべる友人のことは、殴ってやりたくはあった。
殴らないけど。
「……でも、お前も彼奴のこと」
申し訳なさそうに言葉を続けようとする友人に、今日一番の笑顔を見せて、遮るように名前を呼んだ。
「それ以上言うつもりなら、流石に怒るよ?」
友人は、怯んだように黙り込んだ。
「ありがちなドラマじゃないんだからさ。付き合えたんだから結婚まで持っていって、子どもでもつくって幸せになれよ。ごちゃごちゃ考えんな、バカのくせに。僕は新しい恋愛とやらを探すよ」
そんなつもりは毛頭ない。
けれど、あの子にしか恋ができないわけじゃない。どうせ惚れっぽい自分は、違う子に恋をするだろう。
悲しいかな、それが人間だ。

その後は、気を取り直した友人と暫く飲んでお開きになった。また今度、と言って別れたあと、何気なくスマホを取り出す。
メッセージがひとつだけ来ていた。
それも、あの子から。
『交際決定! ありがとう!』
呑気な絵文字とともに送られてきたメッセージに、思わず吹き出してしまう。
「おめでとう、クソったれ……」
呟いて、空を見上げる。

イヤホンから聞こえてきた音楽は、丁度失恋ソングだった。