サクラとアメ
「ねえ、アメ。桜雨って知ってる?」
僕らが歩く川沿いの遊歩道には温かな春の雨が降り出していた。
「桜の散る時期に降る雨なんだって」
僕の少し前を歩くサクラは独り言のようにそういった。
「花起こしの雨。桜雨。桜流し。桜と雨。日本人にとって、〝サクラとアメ〟は、二人でセットなんだね」
やがて雨は強くなり、辺りに霧がかかり始めた。「雨宿りしない?」僕がそう言いかけたとき。
「ねぇ、アメ。私ね―――」
そう言って僕に振り返ったサクラは甲高いブレーキ音とともに空高く舞い上がった。
🌸🌸🌸🌸
〝桜と雨。
二人はセットなんだね〟
もうずっと頭の中で響くこの言葉。
僕はあの日サクラが高く舞った遊歩道を歩いていた。
雨の中、ダンプが走って来た。
「死ななきゃなぁ」
僕の脚は前に進みだした。
ダンプがすれ違う瞬間を狙え。
桜みたいに舞い上がるんだ。
ダンプが音を立てて迫ってくる。
「もうすぐ会えるよ」
僕は一歩を踏み出した。
風が吹く。
サクラが舞う。
霧は晴れ、雨は止み、空が桜色に染まった。
🌸🌸🌸🌸
僕を通り過ぎたダンプは少し離れたところで信号で止まっていた。
僕はあたりを見回した。
「サクラ。そこにいたんだな」
葉をつけだした桜はやがてくる夏の準備を進めていた。舞い上がったサクラは、地に落ち川を伝い海へと運ばれていた。雨で流れた花弁は地に落ち腐り、新たな花をつける養分となっていた。桜も雨も、全てが次の季節に向かって進み出していた。
「生きなきゃな」
死にそびれた僕は歩き始めた。
次の季節に向かって。
この日、アメはサクラを流した。
[おわり]
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