まじぶっ殺すからな #シロクマ文芸部 #白い靴
白い靴を新しく下ろして履いた。
白いAirMAX。玄関を出ると昨日の雨が嘘みたいに晴れていた。水たまりが残った道をわたしは歩く。風はなく、梅雨前のカランと冴えた青空と日差しが気持ち良かった。
靴はスニーカー派。特にナイキが好み。ボリュームのある足元が自慢の足首をより綺麗にみせてくれる。自分のご機嫌は自分でとらなきゃね。一人で住んでりゃ自然そうなるよね。嫌なことだってあるけども、でもま、とりあえずそんな感じで今はご機嫌。濡れた黒いアスファルトに白いAirMAXが映えているから。
脚をよく褒められる。
もちろん嬉しいです。でも他に褒めるとこないんだろうか、と思ってみたりする。
プロフに「脚が自慢です!」なんて書いてるからみんな褒めるんだろう。次は「脚以外でもなんでも褒められるとチョロいです」とでも書いておこうか?
ヤリたきゃ褒めろ金を出せ、お客様を喜ばすのは好きだけどキャストだってニンゲンでしょせん機械じゃないんだから互いに(お金的にも身体的にも心だって)気持ちよくなってそれでオアイコなんじゃね?
と、わたしは思う。
だから褒めろ。
あっはっは。←図々しい。
下ろしたての白い靴が歩道にキュッ、キュッと鳴いていた。
ゴム底が、まだ新しいんだ。
踵が着くたび、地面の反力を感じるんだ。
脚が跳ね上がるみたいで走り出したくなる。でも走らない。白い靴を汚したくないから。わたしは水たまりを避けながら駅に向かう。律儀に水たまりを避けて。どうせいつかは、汚れるのに。馬鹿みたい。
わたしの家から駅に向かうには小さな商店街を通らなければならない。お昼を過ぎた商店街には小さい子を連れたお母さんが多かった。子供の元気な声が聞こえていた。今から出勤のわたしは気持ち肩を丸めてやり過ごした。
ときどき自分がすごく汚れているように感じることがある。
別にこの仕事を卑下する気もないしこの仕事に就いている自分だって好きだ。プライドだってある。いや、この話はもうやめよう。でも白い靴を好む理由は意外とそんなところなのかもしれない。せめて白く、清潔で、綺麗にみえるように。
ほんと馬鹿だね、わたし。
駅のホームに立っていると店から連絡が入った。
「今すぐ入れますか」
「今電車に乗るとこです」
「何時になりますか」
「15時には入れます」
「もう少し早くできませんか」
「無理です、電車が」
「迎えに行く、どこの駅ですか」
「〇〇」
「ロータリーで待ってて」
なんでそんなに……と言いかけて電話が切れた。不思議に思いながらしぶしぶ改札に向かう脚が少しだけ重い。さっきまでは走り出せそうだったのに。
ロータリーで待っているとわたしの前に高級車がスルリ止まりドアが開いた。思いがけない待遇と、男が滲ませる抗いきれないなにかの圧と、プンプンするお金の匂いにわたしは助手席に座った。
高級車特有のまるでスペースシャトル(乗ったことないけどね)の気密ドアのように重たいドアが閉められ、綺羅びやかで沈んだ死の空気を纏う空間がアラジンの魔法の絨毯みたいにスウゥッ―――、と動き出した。
どこに行くとも告げられず、
動き出した死の空間
信号は、青青青青青青―――ずっと青
止まらない、魔法の絨毯
もう駄目だな、もう死ぬな、うん。
これは正直な感想だった。
そして実際そうだった。
これまでのわたしの語りは走馬灯。今まさに首を締められて死に迫ったわたしの走馬灯。白い靴、新しいAirMAXはずっと教えてくれていた。今は泥だらけの白い靴。山の中を、
逃げて逃げて逃げて 薬で
逃げて 逃げて逃げて
逃げて捕まり首絞められ虚血脳が、
とろ
け―――
しばらくしてニュースが上がった。
野犬がボロの白い靴を咥えて持っていた。女の自慢の足首が入ったままの白い靴を大事そうに咥えて持っていた。そんな大した事ないニュースが。
〝こんなことになるのなら、
水たまり踏んでおけば良かった〟
知らない男に汚されるくらいなら、自分で汚せば良かったなんて、バラバラに分けられ埋められた女は永い眠りについた。
白い靴で走る夢をみながら。
下ろしたての白い靴を汚された恨みを抱えて。
女は思った。
「次生まれ変わったら、あの男まじぶっ殺すからな」
[おわり]
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