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〚鰯の鱗の国の姫〛Ⅲ #シロクマ文芸部 #花吹雪



 加速する宇宙の膨張は〝心〟の素粒子すら引きさいて、宇宙を極限まで薄めていった。

 全てが均一に混ざり合い、過去も現在も未来もなくて、物質も空間も時間すらない世界。ただ、生ぬるく揺蕩たゆたうだけの世界。だがそこには次の宇宙を始める〝愛のエネルギー〟が満ち始めていた―――

 〝愛〟は、収束をはじめた。
 彼が引き金を引いたのだ。

 〝愛〟の収束は刹那せつなだった。だが、いく度となく宇宙の崩壊と再生を経験した彼らにとって、時間など、なんの意味をもつのだろう。彼らは手をつないだ。次に来る別れを、彼らは知っていたのだ。





 次の嵐が起きればさ―――

 ううん?

 ぼくらは離れ離れだね

 はあ?

 ぼくは思うんだ
 きみとずっとこうしていられたら

 ……ええっとね
 きみってさ、ほんとうに馬鹿?

 えぇ?!

 あのね、出会ったり別れたりは今に始まったことじゃないでしょう?

 そうだけど……

 何十、何百、何億回と繰り返してきた平行世界で、わたしたちは必ずどこかで出会って混じり合ってきたじゃない! あるときは群れで泳ぐ〝いわし〟だったり、またあるときは〝恋人〟だったことも、おとぎ話みたいな〝お姫さまと王子さま〟だったこともあるじゃない!

 うん

 月だって、銀河だって、雨だって、この宇宙にわたしたちふたりの素粒子がある限り、いつだってわたしたちは一緒なんだよ!

 わかってるさ
 それでもぼくは弱いから
 きみが孤独なのが耐えられないんだ

 ふーんじゃあさ、きみのその胸に、わたしの〝心〟入れてあげる!

 そういってきみはぼくの胸をさすった。

 虹に光る〝いわしウロコ〟も、手前勝手に生きた〝女の記憶〟も、ひとり手元灯を照らす〝夜〟や〝サクラとアメ〟が美しかったり、ガードレールにもたれて月を見上げて飲んだ〝お茶の味〟だって、全部きみの胸に入れてあげるからさ!



 ぼくの胸をさするきみの指が虹に光りだした。きっときみの〝心〟は愛で、この宇宙には〝きみの愛〟がたくさんの光を生み出しているんだ。

 ぼくは胸にきみの〝愛〟を感じとった。するとシャンパンの泡が一瞬で太陽系くらいの大きさになるほどの猛烈な光の嵐が始まった。新しい宇宙の誕生を〝重力波〟が祝福しているんだ。電磁波が吹きすさび、素粒子のもやが吹き飛ばされて、そらはどんどん澄んでいった。

 きみはぼくから手を離した。

 「胸のここんとこに、ちゃんと覚えてるはずだからさ。だから、ちゃんと見つけなさいよ」

 優しくそういって。







 「遅いよ!」
 「ごめんごめん!」
 「まったくきみって懲りないね! ほんと馬鹿? もう知らない!」

 怒って先を歩くきみをぼくは追う。いつかもこんな感じで怒られたような気がするなと思い返すがそれがいつだったのか、ずっと昔だったような気がするけどぼくはよく覚えていない。

 きみの揺れる髪にふわり乗ったひとひらの花弁の桜色がきみの柔らかい髪色と素敵に合っていた。言おうか言うまいかずいぶん悩んでからそのままでもいいやと思っていたら、立ち止まって桜色の空を見上げるきみが「すごいね」といった。

 ぼくもきみのそばに立って見上げて 「ああ、すごいね」といった。

 「いつだったかきみと」

 こんな景色を見た気がする―――といいかけたぼくだったが、「わたしのこと見つけてくれてありがとう」といって再び歩き出したきみに「うん」としかいえず、でもきっとぼくらの〝愛〟は、これまでも、これからも、もっと深く繋がり合っていくんだろうなあと思いながらぼくは、桜舞い散る花吹雪を嬉しそうに見上げ歩くきみを追った。



[おわり]

 

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