○○を譲渡した姿⑤

「これから、どうしていくんだ?」

 始まりは、そんな些細な問いだった。

 人と生活時間が違うこと。おそらく100年以上は身体が持つと予想された頃から、人間としての師・オルキス・ファルケは、ミネクラヴィーレの身を案じるようになった。

「これからって言ったって…どうにかするよ」
「どうにかってなんだ。それなりに考えていた方が良いと思うぞ。その髪と目じゃなぁ」
「うるさいな。俺だって考えてるよ」

 いつも煙草の煙を吐きながら本を読んでいた。いつも、知識を蓄えていた。
 そんな姿に憧れていたのだ。

 彼女はふと、許可をした。

「名乗ることを許すよ」

 突然の言葉。夕食後の自由時間の最中だった。

「なんの話?」

「いや、あれから考えてみたんだけど、家名が無いのは大変かなぁと」
「いやいやいや」

 そこじゃなくて、と言いたくても彼女は言葉を続けた。

「ファルケを名乗ればいい。自分で言うのもあれだが、実績を残しているから使いやすいと思う」
「名乗ったとして、どうすればいいの?」

  そんな純粋な問いに、彼女は明後日の方向を眺め悩んだ。しばらく考え込んで、目を合わせれば妥協した顔。

「…学者になるか?」
「無理無理!先生みたいに、上手く言葉に出来ないもん」

  短くなった煙草を灰皿に押し付けながら、真っ向から否定するそれに笑った。

「これから上手くなればいい。人間の相談相手でもいいな。カウンセラーとかどうよ」
「嫌だよ…人間の相手なんて、ただでさえ難しいのに、悩みなんてもの…それに」

ーー先生は、嫌そうだったじゃないか。

  そんな言葉は胸に留めた。ミネも、言い返しはするが、己の未来の話など想像もつかない。今が手一杯だというのに。
  彼女は新たな煙草に火をつけながら、懐かしんだ。

「私は耐えられなかったな、親身に寄り添うなんて、やっぱ柄じゃなかったんだ」
「そう、なんだ」

 1人でこっそりと泣いていたのを知っている。心苦しい悩みに共に苦しんでいるのを、それは知っている。

「お前は人間じゃないんだから、私に出来ない事が出来るだろ?」

 嫌味のような棘のある言葉に睨んでみるも、彼女は動じない。ニコニコと煙を吹かして笑っている。

「見せつけてやれ、アンドロイドの冷静パンチ」
「殴らないよ…」

 オルキスは視線を迷わせ、逃避するように目を閉じた。また一つ、煙を吐いた。

「好きにやれよ。私が死んだら、私の名前をやるから。やりたいことやって、好きに死ね」

 それがどれだけ重くて、残酷で、愚かなことか。ミネは知らない。
 もしかしたら、オルキスは気付いていたかもしれない。頭が良いから。
 己の存在が、それに覆されてしまうこと。オルキス・ファルケの存在が別の物になってしまうこと。己の名前が、語り継がれ続けること。

「…そうさせてもらいまーす」

 ただ、ミネは理解もしないまま、受け取ってしまったのだ。

  それが、いくつもの文化を、歴史を破壊するという手段しかとれなくなった、ありえない未来だっただけだ。

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