ミネクラヴィーレ 「8話」
時は昨夜に遡る。
深夜、日付が変わった頃、オルキスは自室にて机に向かっていた。万年筆を握ってはトントンとインクを紙に染み込ませる。
時計塔に居たヒューマノイド。容姿は男女どちらともとれない。子供と大人の間、青年期にも思える。記憶が無いらしいそれ。
SF小説でしか見たことのない精巧な作り。人間のようにも見えるが、瞳の奥から覗く人間とは思えぬ何か。内部から聞こえる軋んだ音が何よりの証拠だろう。
[一つ目]と書いた。
推測、「おはよう」が起動の条件
推測、燃料は人間食以外にも存在している。
共に食事をし、空腹・満腹という概念を持つそれらだが、自身の活動を行い続ける何かが補給されていることが考えられる。
オルキスによって起こされるまでの日数・年数。少なくとも、時計塔は出来て100年以上が過ぎている。
初めから居た思えないが、年単位で考えるのが無難だろう。発見時被っていた布はうんと古く、分厚い埃を被っていたのだから。
そうなれば重要になってくるのは停止条件だ。
燃料不足は考えられない。空腹感のあるそれにはあまりに酷な話である。拘束具もなかったから、食事を求めて時計塔を出ていただろう。そして、起動からすぐに食事を摂りたがらなかったから不足はしていない。
裸体を見てはいないが継ぎ接ぎ部分も今のところ見られない。その為、燃料を摂取する場合としては人間同様、経口接種が無難だろう。
そうなれば人間食糧以外…口にしているのは見たことがない。
[二つ目]と書いて、一本線でその文字を消した
ー起動と停止の条件。活動の上の燃料。アレの謎は全てがそこに収束する。
彼女はそう結論付けて、紙を折って本に挟む。
考えれば考える程、わからないことが多いのを実感する。
彼女は考えることを放棄して眠った。
* * *
役所に訪れた3人。
要件は人員派遣のものだった。「ミネにも説明するね」と気を利かせて、テューズは経緯を教えてくれた。
「色々あって、オルキスが研究場所として使っている場所を変えたんだ。ミネも知ってる時計塔の部屋にね。今まで使っていた家を売り払うっていうのもそうなんだけど、要は引越しさ。1人じゃ大変だから、その伝手を何人か手配していてね。彼女に信用できるか見てもらうんだ」
書類をまじまじと眺める彼女はそういうことだ。
「先生は誰でもいいって言いそうなのに」
「今回ばかりはね。報酬も出るし、情報漏洩した時のことを考えたりすると、色々大変なんだ。ミネも荷運びは手伝うの?SF小説じゃあ、君みたいなのは力持ちって描かれがちだけど」
「えっむりむり。重いものなんて持てない」
「そうなんだ」
「人並みには持てるだろ」 そっと彼女が呟く。
「人…並みには…多分?」
「そういうこと。人手が増えたからな、この3人で良い」
「3!?前は5人て…」
「そんな人数いても困る。第一、人見知りのこいつが指示を出せなくなっちゃうぞ」
一瞬の静止。静かな空気の後、サッと血の気が引いたような顔をする。
「待って、俺がやるの…?待って…」
「私の助手だもんなぁ」
「いっ、嫌だー!」
悪い顔をする彼女に肩を組まれ震えるミネ。その光景を見ながら、受け取った3人のお手伝いさんへの手配書を作るテューズ。
「頑張ってね。お勉強」
「テューズも手伝って〜!」
「僕ら職員は、研究への手伝い禁止なんだ。ごめんね」
「引越しは手伝いじゃなくない〜!?」
紙を揃えながら、微笑む彼に恨み言を言いたくなる。知らない人と話さなければならない。しかも指示を出すというよくわからないことをしなければならない。その恐怖は計り知れない。
「研究資料とか見るのもダメじゃなかったっけ?」
「確かダメだね。まぁ見せる機会もないけど」
「そうそう。研究のための力は貸せるけど、研究そのものに関わっちゃダメなんだ。変なところ線引き難しいんだよね」
「ねー」と共感し合うのを見せつけられては酷く虚しくなってしまう。
研究者の手伝いが出来るのは、正式に雇われた住民のみで、すでに公務員であるテューズたち職員は雇うことはできないのだ。
ミネは頭を抱えながら机に突っ伏す。
「俺にできるとも思えないもん…」
「そんな投げ渡すわけないだろ。ちゃんと教えるよ」
想定以上の落ち込み具合に、オルキスはまた呆れ笑う。
「だってお前、私の研究場所すら知らないだろ」
「えっ、あの家じゃないの?」
「まさか。あれは私の家。研究場所は別にあるよ」
「案内してないの?」とテューズも驚く。
知らない場所。知らない人。知らないことばかりを突きつけられて、ミネクラヴィーレは恐ろしくてたまらない。
「酷い人!」
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