ミネクラヴィーレ 「9話」

 あれから数日後、街の地図と家の配置、家具の配置の指導が入り、ミネクラヴィーレは的確に支持を出した。

「その棚はこっちの部屋に。この箱は一番奥の部屋にお願いします」

 雇われた3人の男たち。先生はといえば雇用契約の話をした後どこかへ行ってしまった。蒸気自動車に荷物を乗せては時計塔へ運んで行き、ミネは時計塔内で指示を出す。

「・・・これ、テープ貼ってないので持ってくるやつじゃないです。戻してください」
「あ、すんません」

 先生に言われた通り、冷たく告げる。守るべき項目は4つ。
・笑わないこと。
・ミスがあれば指摘すること。
・絶対に謝らないこと。
・手伝わないこと。

 威圧的な態度を取れ。と言われているようなもので混乱したものだ。しかし小さい態度で相手をすれば、舐められてしまうらしい。

「こちらがミスをしても謝るな。というか、私の指示にミスはない」 なんて豪胆に言われれば何も言い返せない。

ーつまり俺もミスをするなってことだろ…?怖いよぉ…

 必死に間取り図と家具を見比べる。テープには文字も書かれていて、間取り図にも同じ文字がメモされている。詰まるところ、テープの文字と部屋の文字が一緒であればいい。
 本棚は基本壁に沿わせる。机の位置も事前に聞いている。間違いがあっても空の本棚も机もミネと先生でどうにか動く。

「あの、これ、どこに持っていけばいいですか」
「はい!えっと…あれ、なんも文字がない…」

 男が2人で持っていた机。書かれているはずの文字もなく、テープもどこかくたびれている。悩んでいるうちにも家具は運び込まれてしまう。間違えたのはこちらかもしれないが、謝ってはいけない。
 悶々と考えた末、先生ならばなんと言うか、想像した。

「・・・何も書いてないなら外にも置いといて」
「いいんですか…?」
「うん。どこの部屋から持ってきたか知らないけど、文字がないなら要らないです」

 2人の男は困ったように顔を見合わせて、部屋を出て行った。それを見送って、ドッと無いはずの鼓動が早くなった気がした。

ーこっっっわ。何!?なんで文字無いの!?先生の書き忘れ?!ミスしないって言ってたじゃん!試された!?本当に外置いて良かった!?2人で持ってきてたってことは、相当重いのかな!?本当は部屋に置くものだったとして、俺と先生で運び入れられるかなぁ!?

 しっかりと予習をしていても、イレギュラーがあればそれなりに混乱する。

ーちゃんとしないと…

 必死に冷静を装って、指示を続ける。
 その間も、先生は戻ってくることはなく、ただ空の本棚やら引き出しやらが、時計塔の部屋に順調に並んでいくばかり。
 日が傾き出した頃、街灯の色が変わった頃、蒸気自動車を運転していた男が車から降りた。
「これで最後です」と、荷台に乗った箱に詰められた資料や小道具たちを指す。

 ほっと安心するのはまだ早い。

「これらはフロアのスペースに積んで置いて大丈夫です。後は我々だけでできるので」
「わかりました」

 最後の指示をして、ミネはそっと胸を撫で下ろした。
 手伝いをしてはいけないから、彼らが最後の箱を運ぶまでじっと見守った。終わればあっと言うまで、「ありがとうございました」と言うだけで、彼らは手を振って去っていった。

「はあぁあx…緊張したぁぁ」

 一室に運び込まれたソファにだらけていると、コツコツと足音が響いた。咄嗟に起き上がったが、部屋に顔を覗かせたのは先生で、またソファに倒れる。

「先生かよ!」
「ちゃんと出来たか?」
「すごく出来た!すごーーーい頑張った!!」
「はいはい。よくやった」

 退けろと言わんばかりに伸びた足を叩かれ、端に寄れば隣に座った。どこに居たかわからない彼女も、だらけてため息吐いた。

「・・・先生、臭いんだけど…」
「吸ってたからな」
「・・・もしかして…ずっと?」
「ずっとじゃあないよ。荷運びしてる間」
「ずっとじゃん!!」

 責め立ててもケラケラと笑うばかりで通じない。
「大変だったんだから!3人とも背ぇ高いし!テープに…あ!テープに文字書いてないのとかあって!!!」
「え、何それ」
「謝っちゃダメって言うから、頑張って…先生の真似した……」
「はいはい」

 責め立てたと思えば、一気に声が小さくなっていく。情緒がおかしくなるほどに、困惑していた。

「で、それはどこに置いたの」
「外…」
「あぁ、外にあった机ってそうなんだ…」

 一服と言わず、一箱吸ってきた彼女は時計塔の裏口にあった机を思い出す。

「あれはゴミだよ捨て方に困ってたけど、ここで解体して炉にぶち込もうか。なんの文字書こうか悩んでそのままだったわ」
「めちゃくちゃこっちのミスじゃん」
「謝った?」
「〜ってない!!」
「それでいい。あぁいうのはつけあがらせたらいけないからね」

 ふと、それは彼女の仕草に既視感を抱く。
 指の一番長い2本の背で、唇を撫でるというか、なぞるというか。思えば、くつろいでいる時や考える時は、そっと唇に触れている。
 じっと見過ぎたせいで先生に睨まれる。

「何?」
「いっや、なんでも無い」
「そ。家で夕飯食って、今日は終わろう。明日はここの荷物を片付けるぞ」
「うん!」

「あぁそれと、ちょっと買い出しも行ってもらいたくてさ」
「買い出し?」

 彼女の後について階段を降りながら、企んだ笑みを見下ろした。

「早起き、得意だもんな」

 その笑みは好きだが、好きではない。

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