ミネクラヴィーレ 「7話」

 蒸気の街で目覚めて6日目の朝。
 昨日テューズに言われた、朝に起こして朝食を摂らせるようにしてほしい。という約束を実行していた。

「起きて〜〜!」

 布団を剥いでも抵抗せず、ひたすら眠る彼女にただ呆れた。

「朝ごはんを食べたい」
「勝手に作って食え」
「・・・先生の作ったご飯が食べたい」
「その手は通じない」

 何を言おうがだめらしい。

ーテューズに言われたけど、これは無理だぁ

 諦めてトボトボ部屋を出ると、どさっと何かが落ちた音がした。閉じかけた扉から覗くと先生がベットから落ちたようだ。
「えぇ…」
「おい、ノート持ってこい」
「えっ、なに?」

 気だるそうに起き上がっては、寝起き特有の目つき悪い顔で部屋を指差す。

「机に、ノートがあったろ。それ持って下の階集合」
「はっ、はい!」

 言われた通り部屋へ戻って机に置いてあるノートを物色する。書きかけのページがあるものばかりで、真っ新なものはないため、比較的使用されていない物を持つ。
 もしかしたら何かを書くのかもしれない。念の為ペンも持って駆け足で階段を降りた。

 机にいくつの本を置いてコーヒーを入れる彼女を見て、それは驚く。

ーせ、先生が朝起きてるの…なんか貴重かも…

まだ数日しか共にいないが、いつも昼に活動する彼女のその行動に驚くばかり。

「ん。持ってきたな」
「はい!」

 机にノートとペンを置いて着席する。オルキスも、落ち着かない足元を鼻で笑いながら、隣に腰掛ける。

「これは、何に使うものだ?」

 持ってきたノートを拾い、彼女は問う。
 質問の意図が分からず、「えっ」と戸惑っているが、彼女は急かす様子もなく、ただ尋ねる。
「何に使う?」
「書く時に、使う…」
「何を?」
「文字とか、絵とか?」
「何で?」
「えっ、これで」

 一緒に持ってきたペンを拾って見せれば、二っと口角が上がる。ノートの次は本を拾う。

「じゃあ、これはなんだ?」
「植物の本」
「なぜそう思う?」
「草の絵が描いてあって、植物についてって、書いてある」
「こっちの本は?」
「天体?なんとか。星のことだって」

 彼女は「そうか」と本を置いてコーヒーを飲んだ。

「えっなになに!わかんない!」
「記憶が無い割にはしっかりと物事を理解していると思っただけだよ。ノートを持ってこいと言ってペンを持って来れる。そして簡単な文字も読める」
「は、はぁ…」
「そしてお前は星を知っている。この街は夜に星空なんて見えない。見えないものの字なんて知るはずがない。つまり、お前には多少なりとも、知識が蓄えられていて、この街特有のものじゃない。外の者がお前を作った。と言うのが私の見解だ」

「す、すげぇ…」

 己の知らない部分。それすら彼女は言動の一つ一つで読み解いていってしまった。
 ヘレンが憧れていると言っていたのはこういった部分も含まれるのだろう。平然とするその態度が、さも当たり前であるかのように見える。

「ま、外に憧れた奴だとか、異例があるとわかんないけど」
「先生みたいに、外からの人ってことだよね…俺はどれくらいここにいるんだろう」
「さぁな」
「もしかしたら、街の外に住んでたかもしれないんだよね!」
「“もしかしたら”な。だとしても、お前の記憶が戻らない限り、真実はわからない。誰かが日記でも残してくれてればいいが、それも望み薄だ」

 オルキスはコーヒーの香りに浸りながら考察する。
 記録と称して日記をつける研究者は多い。しかし研究者であるなら同業者だ。把握してる研究者の中にロボットを作るような夢も目標も掲げた奴はいない。少なくともこの街には。
 この街は研究者を手厚く支援している為、研究に勤しむ生活をすれば生活費が。実績を残せばそれに見合った報酬が与えられる。人型の機械を作れば相当の報酬を得られるし、その研究は大いに支援されるだろう。
 しかしそういった記録は一切無い。数十年の記録は読んでいるが、そんな項目はなかった。

「あぁそうだ。記録はうちにあるから、読んでるうちに心当たりのある記載があったら言えよ」
「ん?なんの話?」
「え…」

彼女の悪い癖だ。

「この街の研究記録はうちにもあるんだ。お前を作った研究者の項目があるかもしれないから、名前とか用語とか、知ってたら言えよ」
「わかった!」

 植物の本、天体の本。それらを積んだ後、最後の本を手に取る。

「お前は私の助手ということになるから、私の研究の勉強をしてもらう」
「うん」
「私は幅広くやっているから、この本を読め」
「ミネ…ラ…俺?」
「その由来…」

 彼女の企んだような笑み。それはいつしか、その表情が好きになった。

「鉱物さ」

 * * *

 朝食を済ませた後は勉強時間だった。
 鉱物、地質学等の本を開いてはただ読む。知らない単語や読めない文字はノートに書き起こし、辞書を引いたり先生に尋ねる。見開きを読めるようになれば次のページ。
 それの繰り返し。

「理解しろとは言わない。意味がわかればいい」
「何が違うの?」
「説明出来るか出来ないか。読んだ物を説明しなくてもいい。求めているのは、文字を読むことに慣れて、その知識を蓄えておくことだ」
「なる…ほど?」
「そこを理解しろとは言ってない。これも一つの勉強法だ。疲れたり飽きたらやめていいしが、1日1時間はこれをすること」
「は〜い」

 1日1時間とは言いつつも、それは集中すれば2時間でも3時間でも続けていた。オルキスはかける言葉もなく、ただ隣で本を読んだり、仕事の書類を持ってきて同じ机で作業をする。
 朝食後から続けて4時間が経過した頃、鐘が鳴った。オルキスはその音に顔をあげてドアへ視線を送る。

「何?だれ?」
「オルキス〜。約束の時間〜〜!」

 ドアの先からテューズの声。それはわかりやすく笑顔になった。

「テューズ!」と元気に席を立ちドアを開けると、呆れ顔のテューズ。その視線はミネに向けられれば笑顔になるが、じっとオルキスを眺めた。

「悪かったって…」
「もう慣れたもんだから良いけどね」

 机に広がるノートもそのままで、3人で役所へ向かった。
 道中話を聞いたところ、役所での手続きをする予定だったのだが、時間になってもオルキスが訪れないため迎えに来たらしい。

「でも、起きてたのはちょっと驚いたな。ミネのおかげかな」
「うん。俺が起こした」
 誇らしげなミネと不満そうなオルキス。「別に今日は起きれたし」と愚痴をこぼす。
「しかも一緒に本を読んでたね」
「先生のお手伝いのためにね」
「え?助手としてって言い訳だけじゃないの?」

 視線は彼女へ向いた。
「まぁ、本物の助手も欲しかったし…」
「い、言ってくれよ…人の用意はするってあれほど…!」
「だぁから、そういうのはいらないって…」

 どうやら一悶着があったらしい。
 察することもできないそれは空気を読むことを覚えた。


ーこれは多分、聞いてもわかんないな。

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