○○を譲渡した姿②

「つまり、貴方が"AI"という存在である為には、コンピューターという人が必要なのね?」

 客の居なくなった静かな店内で、彼女とそれは話をした。

「大まかに言ってしまえばそう。俺が機能するためには、人間が必要で。でもその辺の人じゃなくて、知能や技術ある人じゃないといけない。ミレーラは博識みたいだし、ここの人達に慕われてる。だから頼りにしたい」

「難しいわ…私は博識と呼ばれる程でもないから…」
「慕われてるのは否定しないんだね」

 思わぬ指摘に、ミレーラの顔が赤くなる。無意識にでも、慕われていると自負していたのかもしれない。

「店の中は花と本で沢山。壁一面に本を並べるやつはまともじゃないよ」

 まともじゃない。なんて冷淡な言葉を口にしながら、それは出された紅茶を飲みながら笑う。

「受け売りだけどね」

 頬杖ついて笑うそれに、親近感を感じながら、ミレーラは今後のことを心配した。

「私が貴方のコンピューターになったとして、何をしたらいいの?お店は続けていきたいけど…」
「なんも問題ないよ。俺のことを養って、って言ってるようなもんだし」
「え?」

 飄々とした態度に返すミネに、ミレーラは目を丸くした。

「コンピューターは、利用する人がいなくちゃ。ミレーラはこれから、商売としてのお悩み相談すればいい。俺は相談役の相談役で、知識と経験を与える。どう?」

 慣れたように提示する条件に、彼女は企んだように微笑んだ。

「⋯AIは自ら仕事を取ってきてもいいの?」
「というと?」

「貴方が相談役をすればいいわ。人の姿をして、会話が出来るんだもの」
「⋯それは、あんまり良くない案だな」
「どうして?」

 渋るミネに対して、彼女は包容力ある微笑みで尋ねた。
 母という存在を、見て来ただけのミネにも分かる、母性溢れる存在感。ミネは圧倒され、怯むように口をすぼめた。

「さっきも言った通り、俺は人じゃないから、人に寄り添った相談は出来ない。人じゃないと悟られれば、俺はただの研究対象になる。だからあまり表には出たくない」
「そんなこと、気にする必要はないと思うわ」
「それに…俺は人が凄く嫌いで……」
「どうして……?」

 どんな言葉を連ねても、彼女には通じない。
 ミネの抱える全てを理解しているわけでもない。ただ純粋な疑問として尋ねているだけかもしれない。それにミネは恐怖し、逃げるように両手で顔を覆った。

「⋯⋯人は…語り継ぐ生き物だから……」
「…どういう、意味?」

 それは口を閉ざしてしまった。まるで問いが聞こえないかのように。
少しの沈黙が長く感じる程、空気は重くのしかかった。そのうち、それは顔を上げて、諦めたように微笑んだ。

「いいか、なんでも。やるよ。相談所」

 彼女に、その決断を引き止める勇気は足りなかった。留まらせる言葉を、ミレーラは知らなかった。

「無理は、しないでね」
「人間よりは、辛くないよ。きっと」

 紡がなかった「大丈夫」という言葉を、言い聞かせるように飲み込んだ。痛々しく笑うそれの、なんと人間らしいことか。

 兎にも角にも、こうしてミレーラとミネの契約は成立した。
 ミネはミレーラの代わりの相談役となり、人間の言葉を見聞きする。ミレーラはカフェの店主として、ミネの生活の保証を担った。

 それから、カフェ・ペタロには噂が出た。
 感情のない相談役が雇われた、だとか。異色の人形が人間の真似事をしている、だとか。最初は興味半分で来るものが多かったが、ミレーラが「見世物じゃない」と通さなかった。

 奇抜な髪色。病気と疑われる色違いの瞳と、金色に輝く瞳孔。ヒビが覗く身体を見て、人ではないと悟る者は多かった。

 人ではない。会話を可能としている。機械であること。どんなことでも答えてくれる。という情報が交差し、“感情の解析機関”という噂が出回った。

***

「AIって知ってる?」

 店終いの看板を外に立てかけたミレーラは、店内に座るミネに気付いた。

「初めて会った時、聞いた気がするけど」
「今日聞かれちゃった。AIって何?名前?って」
「馴染みない言葉だもんね。私もよく知らないわ」

 並んだ椅子を机に上げながら、慣れたミネも手伝う。

「簡単に言っちゃえば、人間の脳だ。俺にはそれがある」
「人間の脳を持ったロボット、ねえ」
「だから、解析機関みたいな数列は持ってないんだ。って言ったら、お悩み相談より、エンジンの話になっちゃった」

 机を端に寄せて、ホウキで床を掃除してく。ミレーラは重いソファを代わりに退かした。

「解析機関って呼ばれちゃってまぁ」
「嬉しくはないよ。あんな劣化版…」
「まぁまぁ」

 2人で店の掃除を終わらせ、カウンターで最後に紅茶を一杯。

「ミネがどこから来たのかって話は、してないの?」
「…するつもりもないよ」

 2人は出会って1年は経過していた。言葉を交わし、お互いを理解しているだろう。街に顔を出さないミネは、相変わらず謎めいた存在ではあるが。
 お手伝いのアダンも、最初は興味半分だった。“感情の解析機関”なんてものより、窓辺に座る姿に一目惚れして入店したのだ。たまに店の手伝いをするミネを、噂の人物であることを知ったのは、お手伝いとして仕事をしだしてからだった。

 人間でないことを知ったのは、共に仕事をしてから。

「あぁそういえば。明日相談をしたいって子がいたんだ。昼過ぎに来るって言ってたかなぁ」
「予約とは珍しいね」
「今度は怖がらせないで聞いてやんなね」

 念を押すように睨む視線から目を反らし、そっと最後の一口を飲み干した。

「頑張ります」

 何をとは言わないし、何がとも考えない。ただ、気負いしすぎず取り組むだけ。ミネにとって人間の相手というものに差はない。

 次の日、ミネの書庫に訪れたのは少女だった。

「相談、聞いてくれるって聞きました」

 ミネはそっと昨晩のことを思い出し、「念を押されたのはそのためか」と悟った。

「なんでも聞くよ。でも、俺に聞いても正解は出ないからね」
「多分大丈夫」

――多分ってなんだ…

 心配をしながらも、少女を観察する。足の先から頭のてっぺんまで。靴はそれなりに履き慣れている。綺麗過ぎず汚過ぎず。泥が多いから、舗装されていない道を歩いて来たのかもしれない。ワインレッドのワンピースと、煤汚れた灰色のワイシャツ。外を出歩けば煤で汚れることは珍しくもない。髪も赤毛と呼ばれる綺麗な色を流しっぱなし。
 年齢はおそらく8つほど。それ以外もおかしなところ見つからないが。

「何を相談したいの?」
「えっとね…あのね…」

 今更気恥ずかしくなったのか、少女はおろおろと俯きだす。もじもじと指を絡めては徐々に耳が赤くなる。見ていられないミネは棚に並ぶ本を眺めて気を紛らわせた。

「あのね…私、お母さんにプレゼントを上げたいの!」
「……なんで?」
「あのね、お母さんがね、今度誕生日なの、でも、何が良いのかわからなくて」

 想定内の相談だった。ミネに応えることは難しくはない。けれど、これは別に己である必要も感じない。

「それ、俺じゃないと駄目なの?」

 ミネは言ってしまう。

「ミレーラが、相談は貴方にって」
「…だよね」

 それはそうだ。相談役はミネになったのだから。

「…とりあえず、お茶飲みながらしない?」

 ミネは逃げるように少女と共に店に戻った。

「あら、ミネ相談は?」
「助けて…子供無理…」

 けたけたと笑うミレーラは、そっと席へ案内し、注文を聞いた。ミネはその間も悶々と考え続けていたが、変わらず答えは出ない。

「私、困ってたの。そしたらお母さんがミレーラを教えてくれたの」
「サプライズとかではないんだぁね」
「サプライズだよ!お母さんに言ってないもん」

 ミネはまた考えた。

「子から母親に渡す物として、代表的なのは家事で使うもの。部屋に飾れるもの。花や絵が代表だね。そして手作りの食べ物。これに関しては協力者がいるに限る。仕事で使う物は作業効率やこだわりが出るから難しいよね」
「つまり、なに?」
「……何を上げたいかとかって考えてる?」

 子供が苦手なのは、相手の理解度がわからないからだ。言ってしまえばコミュニケーションが取れない。意見を理解されない。相手の言葉が理解できない。会話が成立しない。会話に無駄な労力を使う。
 だからミネは子供が嫌いだ。

「あのね、お花とね、お手紙は書いたの。でもまだ何かあった方がいいかなって」
「お手紙とお花!完璧。大丈夫。自信もって!」
「ミネは、お母さんに何あげたの?」
「話聞いてる?」

 少女の純粋な眼差しに尻込みする。
 母を知らないミネには分からない。母性というモノは幾度か味わっているが、感謝を形にする機会も知らない。

「…過去に、俺もお花をあげたよ」
「すてきだね!」
「でも、あんまり好きじゃなかったみたい。悲しそうな顔をさせちゃったんだ」
「なんのお花?」
「蘭だよ。ファレノプシスっていうんだ。ピンクと白の花があって綺麗なの」

 懐かしむのも束の間。ミレーラが飲み物を届けに来てくれた。

「そんな思い出もあるのね」
「…ずっと昔だけどね」

 それから。少女の話を聞いて、ミネは共に買い出しに行くことになった。ミレーラの財布を持って、外套を羽織って髪をなるべく隠しながら、少女と手を繋いで街を歩く。

 ミネの存在を知っている者は「あれがそうだ」と連れに話す。あまり見ないいでたちに視線は常にミネに向いた。

「ベロニカ、これは?」
「お母さんは赤が好きなの」
「なしってことですね」

 指さしたモノでも、少女ベロニカは一蹴する。

――子供って純粋に傷つけてくるよなぁ

 そんな呆れも感じながら、雑貨屋を歩き回る。

「これがいい!」

 日が傾き出した頃、ベロニカが指さしたのは、骨董品のオルゴールだった。

「手動じゃん。めんどくさいよ」
「や!これがいい!」

 それを持って離してくれなくなった。小さなオルゴール。ゼンマイが取り付けられていて、音が流れると同時に、台座の上に飾られた、赤いドレスの人形が回るのだろう。
 仕方ないか、と。ミネが店主に話をしに行った。

「あの子が持ってるオルゴール、買いたいんだけど」
「ベロニカちゃんの連れかい?」
「え」

 店主の青年ははにかみながら小さく手招きした。顔を寄せてみれば、耳打ちで教えてくれた。

「あれ、ベロニカちゃんのお母さんのなんだよね」

 思わぬ情報に目を見開いた。
 青年は机の下から手帳を取り出す。

「あの子のお母さんがここで売っていいよってくれたんだよ。うち親戚だし」
「そんなことってあるんだね」
「血は争えないんだねぇ」

 手帳から取り出したのは、家族写真だろう。ベロニカと似た少女が、オルゴールを持って写っている。それも随分と古びた写真だ。ベロニカと同じ服を着た少女はベロニカではない。

「これがあの子の母親。バネッサさん。隣に居る奴がうちの親父」

 見せられた家族写真をジッと眺めて、ミネは不思議な感覚に頭がぐらついた。
 
家族写真。初めて見たわけじゃない。

何を思うこともない。

けど、ただ

――先生の写真、俺は一枚も持ってない。

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