ミネクラヴィーレ 「10話」

 翌朝、机に置いてあったのは買い出しのメモと硬貨だった。それもかなりの量があり、1人で持てるのかすら怪しいほどの量。

「果物に野菜にパン…文字が読めても、物がわかんなかったら意味ないじゃん…」

 起こしても意味のなかった先生は今頃二度寝を満喫していることだろう。そっと諦めて、覚えている道のりで市場へ向かう。

 賑わう人々を眺めながら、陳列している女性に声をかける。

「こ、こんにちは、えと、サラ…であってる?」
「こんにちはミネ!合ってるよ。おつかい?」
「うん、そう。ここに書いてあるやつが欲しい」

 メモを渡せば、女性は「はいはい」と眺めてカゴを手に取った。

「結構あるけど、持てるのかい?」
「多分…?多ければ一旦帰るよ」
「それがいいね。魚もあるけど、ニックのとこに?」
「え?多分、そうだよ。書いてある物が買えればいい」
「・・・魚は見てわかるの?」
「なんの話?」

 サラは紙を見せながら、「ニックは字が読めないのさ」なんて文字を指さした。つまり、紙を見せただけでは購入する魚がわからないと言うこと。それはつまり…

「・・・?書いてあるの伝えれば買えるよね?」
「あら、ミネが先生のお手伝いって本当なの?」
「なになに?どういうこと?」

 サラは長い髪を耳にかけながら驚いた顔をした。

「てっきり家出っ子の言い訳かと思ってた…手伝いが本当ならそりゃ文字も読めるか!」

 あははと笑いながらミネの背を優しく叩く。「紙を渡して来たから読めないのかと!」なんて茶化す。

「読めても、物がわかんないんだもん…」
「はいはい。あ、そうだ。倉庫に良いものがあるよ、持っていきな」

 選び終えたカゴをそのまま持って行ってしまうと、ガラガラと転がる音を立てながら戻ってくる。

「重いだろうからね、このカートに入れて持っていきな」

 木箱に四つのタイヤ。引いて歩くための持ち手も取り付けられているが、なんだかボロボロだ。

「使い古しててね、物置状態さ。壊れたりいらなくなったら炉に入れちまって良いよ」
「なんか、かっこいい…!」

 じっと見つめる視線に言い訳を述べたが、ミネに取っては違う捉え方だったらしい。

「もらっていいの!?返せって言われても返さないよ!」
「良いって」

 彼女は朗らかに笑う。メモと一緒に置いてあった硬貨を渡せば「渡しすぎ」と怒られた。金額の価値観はまだ分からない。

「字が読めるなら困らないだろう。さっさとしないと先生にどやされるよ」
「どうせ寝てるからのんびりするもん。ありがとう、サラ」
「ご贔屓にどうも〜」

 彼女の店から歩いてすぐの露店。水と氷でいっぱいのカゴに魚が大量に並んでいる店。しかし、どうにも近寄り難いミネは息を止めた。

ー臭い…すごく変な匂い…
 
 店番している青年がこちらに気づいて眠そうな顔をあげた。

「あ〜、ミノルラビーレさんだっけ」
「ミネクラヴィーレです…」
「どうも〜ニックです〜〜」

 先日の挨拶で把握しろという方が確かに無理があるだろうが、こいつの態度はなんだか嫌な気分だ。間延びした喋り方で気の抜けた男は組んだ足に腕を置いて「ごゆっくりご覧くださ〜い」と欠伸した。

「あ、魚買いに来たんですけど」
「はいは〜い」
「えっと…」

 魚の名前など知らないため、メモを見ると「お前字読めんの!?」と声を張り上げられた。

「うるさ…」
「なぁなぁ!俺にも教えてくれよ!親父はまだ早いって教えてくれなくてよ!」
「なんでだろうね…とりあえず買わせて…」

 臭いが嫌で元気のないミネを他所に、彼の元気な振る舞いに圧倒される。
「おうよ!何買うんだ!」
「えと、タラとエビと…」
「エビって何エビ?」
「・・・・・知らない…」
「・・・・・・」

 そっとメモを持つ手に、手を翳される。

「先生のおつかいってことであってる?」
「合ってる」
「じゃあ、勝手に選ぶわ。あの人、いつもなんでも良いって言うから…」
「そうなんだ…」

 呆れて言葉も出ない。彼も欠伸しながらどれにしようかなと選び出した。本当に自由にさせているらしい。

「先生も、朝買いに来るの?」
「あの人はいつも夕方だよ。夕飯前は俺も店番してるから」
「へぇ」

 じゃあ朝買いに来させる必要あったのか?と思い悩みながら、袋に詰められた魚たちを受け取る。
「・・・臭い」
「生臭いの苦手か?昼近くになったらもっと臭くなるから、この辺は来ない方がいいぞ」
「わかった。そうする」

 硬貨を渡せば「多いって」といくつか返される。
「いつも予算内でやれって言われるから、計算早くなったんだぜ。俺は文字を覚えたいのに」
「いつになったら教えてくれるの?」
「さぁな。20までは無理じゃねぇかな」

ーそういうものなのかな

 あまりは詮索しないように、そっと店をあとにする。
 魚も加わったカートはいっぱいになったが、あとはパンだ。手で持てるから大丈夫だろう。
 ふと、視界の端で何かが動いた。裏路地のゴミ箱が並ぶ暗く汚れた道。
「ネズミかな…」と気にせず次の店を目指した。

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