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指定難病を患った話3.【病院での検査】

こんにちは。10万分の1の歩みです。
前回お話しした病気発見までの続きです。

整形外科の先生から
肩こりと言われて安心しきっていた、
そんな22年5月上旬。

GWで妻の実家家族と鳥取旅行へ。
この時私たちは東京に住んでいたので、
往復距離800キロのドライブ旅行。

今思えば片道10何時間も
よく運転できたなと思いますが、
やっぱり手足の筋力低下が
進行している事が常々気になっていました。

旅行から帰ってすぐに知り合いの内科を受診。
広範囲な血液検査を実施してもらいました。

後日結果を聞きに行くと
甲状腺異常なし、電解質の異常なし。


あー、何もなかったよかったんだと思った
矢先に先生から「かなりまずいですね」と… 

続けて先生から言われたのは、
「何もなかったと言う事は、簡単にはわからない病気」「確率的にはALSとか重症筋無力症とかではないと思うんだけどね」「でも何があるか分からないので、念のため大学病院で診てもらいましょう」「大学病院の予約を取るので、待合室で待っていて下さい」

早口すぎて、専門用語が多すぎて、
何を言っているのかが分かりませんでした。
なんかアルファベット言ってたなぁ、
何だったっけと思い出しながら、
ネット検索すると…

筋萎縮、進行、人工呼吸器、完治なし、余命…


ネットの文字の羅列を見た瞬間、
心臓が飛び出そうなほど動悸がして次の瞬間、
ゾワゾワ恐怖心がこみ上げてきました。

いやいや、
待合室で待っててくださいじゃねーよ。
待ってられるかよ!

そんな気持ちがこみ上げてきて、
動きづらくなった足を奮い立たせて、
次の患者対応をしている病室に
乗り込んでしまいました。

「言っていただいた病気やばくないですか?」
「これからどうなっちゃうんですか?」
と思ったままをお医者さんに伝えると、

「不安な気持ちはわかりますが待合室でお待ち下さい」「急ぎの紹介で進めますから」と。

大抵の事はどちらかというと
平然としているタイプなのですが、
自分の命に関わる話はもうパニック。

待合室で待っていると名前を呼ばれ、
3日後に某大学病院の予約が取れたと。

いやいや、
この名前を呼ばれる瞬間ですら
いてもたってもいられない気持ちだったのに
あと三日間どうやって過ごせばいいの?
もう絶望的な気持ちでした。

病院から出たらまず妻に電話、
両親に電話、会社に電話、友人に電話と
とりあえず自分の気持ちを落ち着かせることで
精一杯でした。

元々パニック障害を持っていたので、
若干過呼吸気味になり、
頭もろれつもまともに回わらず、
頭によぎるのは「死」の文字。
何とかタクシーに乗り込み家まで帰宅しました。

病院での恐怖体験を
妻に何度もきいてもらい、
youtubeで同じような難病患者が
前向きに取り組んでいる動画をみて
頑張らねばと心を奮い立たせたり、
学生時代の思い出に浸って、
「ああ、中々色んな経験できたし、
上出来な人生だったじゃないか」と
病気を受け入れる準備をし始めたり、
また「死」への恐怖に震えたり、
10分おきに前向きになったり、
また落ち込んだり、
大学病院に行くまでの3日間は
ずっとその繰り返しでした。

そしていよいよ大学病院へ…

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