「一番好きな果物は?」に即答したいのに

スーパーで赤いネットに詰められたミカンを買った帰りに、ふとこんなことを思った。「もし誰かに、一番好きなフルーツを訊かれたらなんと答えようか」。

別に誰にも訊かれていないが、あらかじめ考えておこうと思い立ったのだ。こう見えて私は準備がいいところがある。

家に着くと、降ろしたリュックの中からラフランスを取り出す。さっき職場で偶然もらったのだ。ラフランスなんて食べる機会、滅多に無いから大喜びである。ミカンには悪いがお前たちは明日に延期して、今はこの食べ頃のラフランスをいただくことにしよう。

まな板なんて使うわけがない。シンクの上でラフランスを持ったまま皮を剥くと、汁がどんどん落ちてくる。すごい。手でも味わえるフルーツ。これを切って皿に盛るわけもない。ガブリ。なんて美味しいのか。

「私の好きなフルーツ」って、ラフランスだったんだ。こんな簡単に答えが出るとは。

しかしその後、シャワーを浴びている時に思った。そういえば…。先月柿を食べた時、あまりに美味しくて「柿って一番美味しいわ」って思ったよなあ。でもその前、夏に桃パフェを食べたときは「桃が一番美味しいよね」って言ってたよな…?

このデータベースをもとに考察すると、来月あたりに私の一位は、冬の果物であるイチゴに取って代わられるだろう。なんてことだ。こんな新陳代謝が起こってしまっては、決定的な答えがいつまで経っても定まらないじゃないか。私の一番好きなフルーツってなんなんだ。

だって私は「好きなポケモンは?」「一番楽しかった国は?」といった類の質問に即答できる人間に憧れているというのに。相手はそんな深い気持ちで訊いている訳ではないと知っていながら、うーんうーんと考え込んでしまう自分が情けないのだ。

翌日、フルーツ問題を抱えたままの面持ちで仕事に行くと、先輩にこんなことを言われた。「ねえ、昨日もらったラフランス食べた?美味しかったよね〜。ところでフルーツって何が一番好き?」

う、うわあああああ。

なんてことだ。まさか、悩み始めた翌日に例の質問が!すみません、まだ傾向と対策が間に合ってないんです!昨日は手がベタベタで赤本を開けなくて..。

私は意を決して言った。「実はちょうど昨日、ラフランスが一番好きだな〜と思っていたところでした。なのに先月は、柿が一番だと思ってました。この調子だと来月にはまた変わってます。自分が何が一番好きなのか分からないんです…」

すると先輩は笑った。「何それ。なんかそれ、す〜っごくあなたっぽいじゃない。『今が一番最高』ってことでしょ?いいじゃない!食べるたびにそれが一番になるなんて、あなたらしいよ!」

…あれ?答えられなかったのに、それが私らしい?こんな曖昧な「食べればそれが一位になる」も、解として認めてもらえるんだ。

「好きなフルーツ」のチョイスによって自分を表すことはまだできなさそうだけれど、「それに関する捉え方」という切り口でなら、自分を表すこともできるなと思ったのであった。

現状一位はラフランス。でも、今日帰ってミカンを食べたらミカンが1位になるだろう。来月にはイチゴになって、巡り巡って次の秋には、柿がまた一番になっている。

私はそういう、ボジョレーヌーボタイプの人間なのだ。


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