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逆行のすすめ。料理も遡ってみるとより面白くなる

クリストファー・ノーラン監督の『TENETテネット』の奇妙な世界観は過去に「逆行」することができる装置があってこそ。これ、理屈では理解できず、まか不思議な映像の力で押し切られるわけだが、それを2回観にいきつつ、週末の料理教室の準備をしていての気づき。

・料理も逆行してこそ面白い

供されるお料理をいただくのも、お惣菜を買ってきて食卓に並べていただくのもまた楽しくも美味しいくだだくことができる。が、その料理という結果を、その原因となるす調理という行為まで遡ってやってみると、それはそれは新しい世界が眼の前に展開するというのを自身体験した。
仕事が忙しく食事する時間を作るのも難しい、子育て中で毎日の食事の用意だけで手一杯、調理を楽しむ余裕などある分けないという世代、環境もあるだろう。なので、これはあくまで料理は買うもの、供されるものとお考えの貴兄、貴女への新しい愉しみ方のちょっとした提案として聴いていただければうれしい。
たとえばお惣菜の筑前煮。ごぼう、人参、蓮根、里芋などの根菜に、こんにゃくと干し椎茸、そして鳥もも肉を加えて、だし、砂糖、醤油、みりん、酒で調味する和食では旨(うま)煮と呼ぶ煮物だ。田舎のおばあちゃんの定番料理といってもいいか。筑前煮のほか、がめ煮、煮染めとも。
これデパートの惣菜売り場でも、コンビニンでも買える一品。ところが、俺の知っている限りで恐縮だが、どれも味の幅が雑に大きく、薄味だったり辛すぎたり。時にはごぼう、人参、里芋に十分火がとおっておらず固かったり。
近茶流柳原料理教室では、とりと野菜の旨煮として2年目に習う献立だが、そのお味のドンピシャ感といったら。これ以上、甘くも辛くもしたくない、旨いと言わざるを得ないスイートスポット。以来、機会あるごとに自宅用の大皿料理として作り続けているが、だれもが美味しいといってくれる我が得意料理となっている。その旨くなる原因はといえば、まずは

・野菜の切り分け方

だ。ごぼう、人参、蓮根は乱切り、里芋は六方に剥き上げてからの四等分、干し椎茸は二等分から四等分と、それぞれ切り分けながら大きさを等しくしていく。さらにこんにゃくは手綱に作り、とり腿肉も煮て野菜同様の大きさになるよう少し大きめに切り分けていく。これ、同じ調理時間ですべての素材に火が等分に入るための調理の基本だ。こうして材料をすべて切り分けたならば、次ぎは、

・鍋に入れる順番を守る

こと。筑前煮はまず鍋に胡麻油を回し入れて馴染ませる。最初に投入するのはごぼう。根菜の中でも火の通りにくいものから火を入れ、続いてこんにゃくを加えてこの2つに油が回ったらとり肉以外を全て加えて素材と油を馴染ませる。十分、油が回ったところで、中央に凹みを作ってそこにとり肉を入れ、野菜で包むように火を入れていく。これ、鍋肌にとり肉が張り付いて焦げないためのひと工夫。そして、とり肉の表面が白くなったらだしを加えて煮る工程に進む。そこで学ぶのが、

・調味料にも順番がある

こと。この旨煮に限らず、なにはなくてもまず砂糖からが煮物の大原則。なぜか。塩、醤油などの辛み成分の分子は砂糖よりも小さく、素材の中にすぐに入ってしまう。そうなると分子の大きな砂糖を後から加えても味が素材の中に入ってくれず、塩味の強い味付けになってしまうという理屈からなのだ。まず砂糖を加えて5分ほどしてからみりん、醤油、塩など他の調味料を入れるとうい法則が頭にはいっているだけで、実は料理の味が変わるのだ。これこそ料理の因果応報。今日の調理から出来ることなので、味付けは砂糖からの原則で味が変わるか試してほしい。
こうして調理してあとは素材すべてに等しく火がは入り、旨みを含んだ煮汁が程よく飛べば完成だ。さ、味見を、となる。ここまでで、我々は、

・料理→調理

と逆行して、美味しい料理という結果を生んだ、原因まで辿り着いたわけだ。納得いただろうか。こうなると、居酒屋などで大皿料理として供される筑前煮をいただいても、その素材と味に興味が出てきて大将や女将との会話も弾むというもの。また、母親や祖母とも、代々伝わる実家の煮物談義で食卓が賑わうことだってあろう。料理からの逆行はこれだけに止まらないのが面白い。どうせなら、

・料理→調理→食材

と、食材まで逆行するのがまた楽しい。料理教室を始めて4年となるが、美味しい和食の決め手はよりよい食材を揃えるところから、と心底思うに至った。今では旬の食材が分かりにくくもなっているが、季節とともにあるのが日本料理で、これは家庭でも等しく我らが和食の基本のきだと思う。その旬に出会うちょっとした手間は惜しまないように心がけている。どんな手間からといえば、豊洲の中央市場、築地の場外、そして歌舞伎町の小さな築地と銘打つ舟藤の店頭を定点観測し続けること。もちろん年間を通じて変わらないものはある。が、その店頭には、折々の海産物、青果が俺たちを見ろとばかりに目立つ存在として置かれている。秋ならば秋刀魚といいたいところだが、今年は入荷が少なく正直、まだ買える価格にはなっておらずでザンネン。その一方、真さば、下りかつおはどんどん油がのってこれは買いごろ。そして青果では秋の主役松茸ではあるが、なんとキロ1万5000円越えで手が出ない。が、石川早生、新銀杏など使ってみようかなどなど、季節の風を市場で受ければ、出来上がりの料理まで頭に浮かんで来る。これぞ、食材からの順行だ。
実はその豊洲のやっちゃば、おっとやっちゃばとはせりのかけ声から来たとかで青果市場のことを言うが、そこでばったり会うのが四谷三丁目で人気店(あえて名を秘す)を営むオーナー料理人。ほぼ毎日バイクで仕入に来る。そんな大将が営む店はもちろんすばらしい。料理の質>料金なのだ。これぞ仕入の力で、自ら動くことで仕入値を下げて、よりよい料理をよりリーズナブルな価格で供してくれる。仕入の手間を惜しまない料理人、やはり信頼できる。
自ら仕入るというこの姿勢、最初に学んだのは20年来通う柳原料理教室の一成先生、尚之先生から。なにが素晴らしいかといえば、お二人とも築地の時代から今の豊洲移転後も、教室のある日には必ず早朝より市場に出かけて直接仕入を行っている。こちらの仕入先も先生の紹介によるもの。豊洲の仲卸に少量のものでもお願いできるのは、そのおかげ。顔馴染みになれば、買うべき物も、旬の食材の扱い方も教えてくれる。

さてはて、映画TENETの逆行話から食材まで話しが及んだが、調理からさらに食材まで楽しめるようになると、ますます料理が面白くなる。そう、料理のレシピではなく、食材から料理を発想できるようになるというやつ。もっと簡単に言えば、冷蔵庫の中の食材で料理が作れるようになると言う奴だ。レシピから食材を集めるのではなく、食材からレシピが生まれ料理となっていく、というこれぞ料理の巡行手順。これ、遡って本来の手順に戻るという循環だ。料理のPDCAとも言える。そこまで仕事の理屈に合わせることはないが、まずは一品でもいい。手元の食材で調理し、料理に仕上げる愉しみをぜひ。

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