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藤由達藏のショートショート「超最速で結果を導く方法」


 会社の人事査定の面接で、降格を言い渡された日のことだ。俺はついふらふらっと、駅前の占いルームに立ち寄った。日替わり、時間替わりで何人かの占い師が交替で滞在し、客の運勢を占うのだ。
「地獄の館へようこそ。あなたご利用は初めて? そう。で、今日はどんなお悩みかしら?」
 占い師の名前は地獄マーヤ。だから、屋号が地獄の館だという。ずいぶん恐ろしげな名前だったが、俺は仕事上の悩みを打ち明けた。
「早く結果を出したいからどうすればいいかっていうのね? それはコーチングの領域ね。占いはあなたの運勢を占うのよ」
 お門違いだったようだ。ひとまず俺の運勢を見て貰った。西洋占星術と東洋の四柱推命などをミックスし、さらにはスピリチュアルなチャネリングも取り混ぜて占うそうだ。色々言われたが、要するに「焦るな」ということのようだ。やがて成果は現れるという。降格を言い渡された俺には、気休めにもならなかった。
「なんか不満げね。わかったわ。あなたには特別に、私の師匠から秘儀伝授された呪法を教えてあげるわ。別途料金はいただくけど」
 俺はやけっぱちだった。追加料金を払って「超最速で結果を導く呪文」を教わった。
 俺は毎朝その呪文を唱えてから1日を始めるようにした。
 ひと月の間は、特段何の変化も起きなかったが、あるとき驚いたことがあった。
 本のページを開くと、次の瞬間、本を閉じていて、中身を覚えているのだ。ページをめくり、読んだという記憶がないのに。速読の勉強などしたことはないが、これは速読以上だと思った。
 日が経つにつれて、仕事の上でも似たようなことを経験するようになった。お客さまに提案書を渡すと、即受注になるのだ。
 やがて、提案書を持参すると、すでに注文済みでその日が納品日ということも起き始めた。商品を手配した記憶は無いのだが、確かに俺の売上になっている。
 やがて、時間の感覚がおかしくなっていった。どんどん早まっていくのだ。一戸建てに住みたいとふと思っただけで一戸建てに住んでいた。そろそろ結婚しようかと思ったら、妻がいた。子どものことを考えたら、すでに成人式を迎えていた。二人目をと考えたら四人の子持ちになっていた。
 地獄マーヤの呪文は効果てきめんだったということだ。
 ふと気づくと俺は死後の世界にいた。死後世界の俺担当の存在が言う。
「あの呪文、何回唱えたんですか?」
「毎朝百遍は唱えたな」
「あちゃあ。だからですよ。やり過ぎでしたね。あれは一遍くらいでいいんですよ。あなた、あらゆることのプロセスを体験できなかったでしょ?」
「よく知ってるね。いっつもすぐに結果が出て、途中経過を知らないんだ。その上、いつの間にかこんなところにいるんだから」
「あ、もう消えた」
 俺は産声を上げた。
 次の瞬間、また死後世界にいた。
「おかえりなさ・・・、と言う間もなく去ってしまったか・・・」
 俺は産声をあげるまもなく死後世界にいた、と思いきや産声をあげるまもなく死後世界に・・・。
 俺は始まりと終わりしか味わえずに今も輪廻を繰り返している・・・、と思いきや輪廻を卒業したようだ。今は、燃えさかる恒星だ。あ、赤色巨星を飛び越してブラックホールになった。重力が巨大化し、反転し、巨大化し、反転し・・・。
 すでに宇宙の終局だ。宇宙の終わり。一点に凝縮。
 お、また宇宙が始まる。ビッグバン、いや宇宙の終わりだ。またビッグバン。終わりだ。
 始めと終わりしかないなんて。点と点だけ。間が抜けている。俺は人間時代をもっと味わいたかった。あ、ビッグバンだ。

(’了)

(初出掲載:2,023年1月16日発行の「夢が実現するメルマガ」第293号)

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