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趣味人間万歳!【プロレス編】(18)リングス

UWF3派の中で一番熱中して観ていたのはリングスでした。
3派の中で一番格闘技志向が強かったこともありますが、やはり前田日明が好きだったというのが大きな理由でした。
リングスにはいわゆる「プロレスラーではない」選手が多数参戦していて、まさに異種格闘技、後の総合格闘技に繋がる試合を見せてくれました。

また。3団体で唯一、WOWOWでテレビ観戦出来たこと、そしてパソコン通信「Nifty-Serve」のプロレスフォーラム・リングス会議室に参加して多くの情報が手に入ったことも、よりのめりこむ要因でした。

リングスには色んな想い出があります。

リングスは毎年12月に、横浜の鶴見川沿いにあった道場で「餅つき大会」を開いていて、毎年行きました。
選手や関係者と触れ合えたり、あの「つのだ☆ひろ」さんとゆっくりお話し出来たり、楽しかったです。
ビターゼ・タリエルと写真を撮らせてもらったりもしました。
拳の大きさがバレーボール並みでビックリしました。

リングスに出会わなかったら、この鶴見川という地に来ることも無かっただろうなぁと思うと感慨深いです。
ぶっちゃけ、リングスが活動停止し、道場が閉鎖された後に一度、この地を訪れたことがあります(笑)のどかでとてもいい所です。ここなら住んでもいいなぁ、と思える場所でした。

つのだ☆ひろさんについては、渋谷道玄坂へつのだ☆さんのラジオ番組を見に行った際、山本宜久選手に会えたということもありました。

リングスの営業スタッフの方を紹介してらったりして、イベント等ではとてもお世話になりました。

前述の「リングス会議室」を通じて、色んな経験をさせて頂きました。
大阪大会終了後の打ち上げに参加させて頂いたり、あの田中正吾さんとお話しさせて頂く機会もありました。

田中正吾さんには、経営されている中国料理店「西遊記」に招待頂いたこともありました。
お任せで頂いた料理はどれもビックリするほど美味しく、またその席でも、田中正吾さんから貴重のお話しや、ここではとても書けないヤバい話(笑)も聞かせて頂きました。

しかも!全部田中先生にご馳走して頂くという、有難過ぎて怖くなる体験をしました。
さらに、この「西遊記」で働くスタッフは皆、田中先生のジムでトレーニングしているボクサーで、お店を出る際、そのスタッフが全員外に出て一列に並び「ありがとうございました!」と挨拶してくれたのです。
なんかもー申し訳なさすぎて死にそうでした(笑)

さて肝心の試合につていですが、UWFに続き関西の大会は全部観に行きました。
印象深い試合はたくさんあります。

特に正道会館が参戦してからの大会は面白かったですね。

尼崎だったと思いますが、角田信明vsルディ・イウォルド。結婚式を前日に控えた角田さんの死闘、そして勝利には感動しました。

山本vs成瀬の若手同士による第一試合も面白かったです。

「世界のTK」高阪剛がまだ若手だった頃、会場には必ずお母さまがいらしてました。「つよし~~~!がんばれ~~~!」の声が会場に響いていました。(笑)

1999年2月21日 前田日明引退試合。
横浜アリーナで行われるこの試合を観に、新幹線で新横浜まで行きました。

試合前の全選手入場式から、アレクサンダー・カレリンの存在感には度肝を抜かれました。この大会には「怪物」ヒカルド・モラエスが参戦していたのですが、あの!モラエスが霞んで見えてしまう程の、恐ろしいカレリンの存在感でした。

いよいよメインイベント。僕はあまり会場で声を出すことはしないのですが、この日だけは思いっきり「前田コール」をしました。

この試合はとにかくカレリンがどんな仕掛けをしてくるのか?に戦々恐々でした。
カレリンは前田を子供のように転がしまくり、しかし打撃が無いのでトドメを刺すこともなく、ただただカレリンのペースで時間が過ぎていきました。

結果はカレリンの判定勝ち。特にセレモニーもなく、いつものように前田はリングを去っていきました。引退試合としては前田に全く華が無かった試合でしたが、これも彼の去り方なのかな、と、複雑な思いで会場を後にしました。

その後、田村潔司を中心としたリングスも見続けていましたが、やはり前田日明を欠いたこと、そしてPRIDEの台頭などで、リングスはひっそりとその活動を休止しました。

しかし!リングスは死んだわけではありませんでした。
その後「THE OUTSIDER」で活動を再開。
今後も前田さんには注目したいと思います。

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