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精神的童貞の僕とイオン新座店の思い出

イオン新座店(サティ新座店)が2024年2月29日に閉店した。

私は小学生時代からずっとこの商圏に住んでいて、志木駅付近のショッピングモール群には思い入れがある 。
ららぽーと志木がなくなり、ダイエー志木がなくなり、カミヤプラザもなくなり、遂にサティもなくなるとのことで、見納めに行ってきた。


イオン新座店 志木駅の駅前通りにドンと立っている

写真右、イオンの西側にはでかい立体駐車場(狭くて止めにくそうだったけど)があって、何年か前に土地の権利者と折り合いがつかず? 立体駐車場を閉めてしまった。
あの時にはもう内々には閉店は決まっていたんでなかろうか。

店内の様子。閉店の数日前に行ったので、上層階はほとんどこんな感じだった。

中学2年の時に、クラスの女子2人に誘われて、サティに買い物に来たことがあった。一人で行くのは気恥ずかしかったので、友人も誘って4人で行ったのだが、あまり盛り上がらず、途中で解散してしまったことを思い出した。
あの時、「自分たちには興味のない何か」を選んでいた女子の背中をぼんやりと眺めていたことを思い出す。


新座阿波踊りにサティ連として出ていた時の衣装が飾られていた。
(新座阿波踊りは2014年、32回目で終了してしまったらしい)



左側には閉店を惜しむ寄せ書きが。
自分は実は一度もいったことなかったのだが、地下のフードコートのラーメン屋が有名で、そこのお店を惜しむ声もかなり書かれていた。


僕は店舗より南側に住む人間だったので、入口といえばここだった。
自転車をここによく停めていた。
うろ覚えだが、ここの駐輪場が駅周辺では一番リーズナブルだった気がする。駅から微妙に遠く、穴場で停めやすかった。


イオンの東側にはかつてカミヤプラザという複合施設もあった。
中学生になって、男女4:4でボウリングに来た事があったのを数十年ぶりに思い出した。


志木駅南口からの写真。昔はロータリーの中に無駄に駐車場があったりして、もっとゴミゴミとした印象だったが、今ではおすまし、な感じがする。
ロータリーの中の駐車場なんてものは時代にあってなくて、隣の朝霞台・北朝霞駅のロータリーがいつも混んでいて野暮ったい印象を持つのはそのせいだろう。


ここからはイオン新座店とは直接的に関係ない話になるのだが、志木駅付近の今は亡きショッピングモール群にはそれぞれ思い入れがあった。
一番最初になくなったららぽーと志木は小学生の頃によく行っていた。

『ミュウツーの逆襲』から『結晶塔の帝王エンテイ』まで、そこの映画館に見に行った。
自分が初めて音を持ち運ぶ機械、ポケットラジオを手に入れたのもららぽーとの中のダイソーだった。
AMラジオをそこで買って、あれから20年近く、ずっとラジオを聞いて生きている。

ダイエー志木店では、中学から高校に上がる年に、「THE・高校生バッグ」を買った。1階、入ってすぐ右手にカバン売り場があったと思う。
ダイエー志木店の向かいに、「ファミコンショップシータ」というお店があって、そこにもよく寄っていた。
初めて高速バスに乗ったのも、ダイエー前からだった。


高校生までの自分にとって、志木駅は日常から最も近い非日常なエリアだった。
イオン新座店の閉店。なんていえばいいだろうか。
顔なじみの後輩たちもみな卒業してしまった後の大学に訪れるような、そんな寂しさが、今自分の中にある。

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