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【小説】『16才』⑧

 「あのころ…
  木曜深夜の"オールナイトニッポン"と
  金曜八時の"ワールドプロレスリング"だけが
  救いだった……

ーーーーー

 イシカワさんが冷たく言い放つ。

「キミはここで帰りなよ…絶対に駄目だから」

「タカシさんと会わせてください」

「会っても無駄だって」

「…」

「いいかい…芸人てのはね、大学生や大学を出た人たちも笑わせなければならないんだよ、その人たちよりバカだったら出来ない。笑われるんじゃない、笑わせるんだ…それが師匠の考え」

「…」

「キミがバカだと言っているんじゃない…でも、高校生の今のキミでは無理なんだよ」

「…」

 何も言えなかった。お茶に誘ってくれたのは、同郷だからでも話が合ったからでもなく、付き人の務めとしてオレをマンションから引き離したかっただけなのだ。そう言えばイシカワさんは、"殿"ではなく"師匠"と呼んでいることに気付いた。"殿"は本人を呼ぶ時だけの愛称で、他人の前では"師匠"と呼んでいるのだ。

 どうやら、ただのお調子者や学校の面白いヤツだけで通用するほど甘い世界ではなさそうだ。だからこそ、そんな世界に足を踏み入れてみたい。たぶんオレは、他人とは違う…いつからか、どこかズレているのを自覚し始めていた。フツーの社会では、生きられそうにない。

「それでも、会いたいです」

「…」

 必死に懇願する。

「お願いです…タカシさんと会わせてください」

 熱意が伝わったのか、イシカワさんが静かに頷く。

「わかった…その代わり、キミひとりで行くんだぞ」

「ありがとうございます」

 イシカワさんに頭を下げ、もと来た道を引き返しもう一度マンションに向かう。今度は確実に"殿"は居る。

 少し歩いてマンションに戻り、エレベーターに乗り込み部屋の前に立つ。絶対に無理だと言われた今、いったい何を話せば良いのだろう。

 (見る前に…躍べ!)
 
 勇気を振り絞りインターホンのボタンを押す。

「ピンポーン」

〈ガチャリ〉
 
 いきなりドアが開いた。

「なんだよ…イシカワじゃねえのか」

 そこには、ズボンをずり下げたまま、トイレから顔を覗かせる"殿"が居た。

「…何だい、アンちゃん」

「タ、タカシさんでしょうか」

「見て、わかんねえのかよ」

「弟子に…していただけないでしょうか」

「ん~…ちょっと待ってろ、今ウ○コしてんだ」

 シャレなのかマジなのかわからぬまま、ドアが閉められた。

「師匠は」

 イシカワさんが一足遅れて、外から戻って来た。

「居ました…トイレです」

「あ、そう」

 何でもないように部屋に入って行く。もちろんオレは外で待ったままだ。

 何分経ったろうか…ドアが開き、イシカワさんが顔を出す。

「入って」

「はい」

 どうやら、お目通りが許されたようだ。

「失礼します」

 部屋に入る。靴を脱ぎリビングに進んで行く。

ーーーーー

泣け泣け 子供のように
泣け泣け いのちのかぎり
たとえ恋があせても まだ消えはしないさ
オレの いつもの 裸の 心の歌を聴け

涙をふけ 笑って見ろ
腕をつかめ
バカな思い出 振り捨てて
跳んで見ろ 目を見張れ 抱きしめて
夏の記憶を 拾いあつめろ

1時をすぎた電話に 二度とは出ない
いらだち 眠れぬ夜など もうほしくはない

今日から 大人のように
今日から すべてを流し
たとえ恋があせても まだ逃げはしないさ
オレの いつもの 哀しい 心の歌を聴け

涙をふけ 笑って見ろ
腕をつかめ
バカな思い出 振り捨てて
跳んで見ろ 目を見張れ 抱きしめて
夏の記憶を 拾いあつめろ

涙をふけ 笑って見ろ
腕をつかめ
バカな思い出 振り捨てて
跳んで見ろ 目を見張れ 抱きしめて
夏の記憶を 拾いあつめろ

(ビートたけし『見る前に躍べ』より)

ーーーーー

 そして、そこに…"殿"は座っていた。

 

『16才』⑧ END

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