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私がクソ女だった話


はじめに

友人である眉毛なし子先生の記事に感銘を受け、作成します。

クソ男ホイホイだった話|眉毛なし子 @MirrativIn #note

まさにこの記事に出てくるクソ男たちのような行動をしている時代が私にはあったのです。
当時の状況と心理、そして現状についてお話したいと思います。



「じゃあ別れる?」

まずクズの定番口癖から。少しでも相手が思い通りにならない、自分中心に動いてくれないとなるとすぐ飛び出すのがこの言葉。相手が「別れない」と言ってくれることを見越して発していたので尚タチが悪い。「○○したら別れる」「○○しないと別れる」のオンパレードで、傍から見たら何で付き合ってるのか分からないまさに地獄絵図。
どこか「私はいつでも別れていいけど、一緒に居てあげてる」という感覚を持っていたのだと思う。きっと当時の私なら「そんなことない!!」と否定するだろうが、いーや、お前はそうだったよ。

"テイク"の暴力

私は常に『幸せにして欲しいスタンス』であった。もっと貯金しろ、もっと体を絞れ、良い企業に就け、私のための時間を作れ、と言ったようなテイクテイク、またテイク。ギブのギの字も無い有様だった。
この時努力をした彼に何か見返りや報酬があるわけでもなく、ただそうすれば別れなくて済む。だけ。当時彼の精神力をどれだけ削ぎ落としていただろうか。
時に彼が抵抗しようものなら論破し、納得させた(気になっていた)。実際は、争いごとを好まない彼が呆れながら折れてくれていた。もはや支配だった。

支配=愛の方程式

一番恐ろしいのは、支配と言える行動を"愛"だと勘違いしていたこと。
クソ男が言いそうな言葉(偏見)「好きじゃなきゃこんなにしてないよ笑」がそっくりそのまま自分にインプットされていた。「好きだからこそ相手に変わって欲しいんだ」「好きだからこんなに怒ってるんだ」と。
でも私がしていたことは、相手の欠点を直して欲しいとお願いするような可愛いもんじゃない。偽造の"愛"を餌にして、人間丸ごと変えようとする改造大作戦が行われていた。彼を"好きだから"変えたかったのではなく、自分の"好きなように"変えたかったのである。

都合のいい割愛

彼のことを友人に話す時、私は「○○してくれない」「私はこんなに○○しているのに」という部分だけを掻い摘んでいた。
偏ったエピソードしか聞かされていない友人たちの反応はいつも「ダメな男だね」だった。当然の返しだ。私はその言葉を浴びて自分を正当化したかったのだ。悪いのは自分じゃない、相手なんだという証拠を無関係の友人たちから必死にかき集めて満足していた。

結果

彼を支配する上で、それが気持ちいいかといえばそうではなかった。むしろずっと苦痛だった。中には服従させるのを快感に思う人間もいるのかもしれない。しかし、私は彼を思い通りに操りながら苦痛を伴うという生意気な矛盾が生じていた。
付き合ったばかりの好きで好きで仕方なかった頃に比べ、関係はあまりにも悲惨だ。もちろんこうなったのは私が悪い。でも理不尽な私の言動全てを飲み込み、自身の心を削っていた彼も愚かだったと思う。
結局「結婚する未来が見えない」とかそれっぽい理由を付けて、7年間の交際に区切りをつけた。最後まで自分勝手だった。これ以上共依存が加速するのが怖かった。彼と一緒にいる時の自分が大嫌いだった。
別れを告げられた時、彼は泣いていた。告げた私は彼の倍泣いた。どうしてこうなってしまったのか、出来ることはなかったのか、もっと幸せになれたんじゃないか、お互いに考えることは沢山あったけれども「私たちはもう一緒にいない方がいい」という現実がグサグサ刺さった。

考えられる原因

①自己肯定感が低い

私は自己肯定感が低い方だと思う。だから無償で愛してくれる彼が最高の蜜だった。
思えば最初は彼の愛を試すことから始まっていた。「私のこと本当に好きならこんなことしても許してくれるだろうか」「私のためならこういうこともしてくれるだろうか」がエスカレートした結果、「どうしてこれが出来ないの!?」になっていった。また、そうして相手を見下すことによって自分が強いと錯覚していた。

②父親の影響

私の父親はいわゆる毒親である。暴言、暴力を子供の頃から間近で見てきた。いつしか好きな異性に対して『理想の父親像』を押し付けていたのではないかと思う。休日は私のために時間を作ってくれたり、なんでも好きなものを買ってくれたり、私が傷ついた時には「よしよし頑張ったね」と言ってくれる…。
ずっと「相手が自立してくれない」とほざいていたが、彼の優しさ無しでは自分の機嫌も取れない私の方がいつまでも子供だった。

③当時の状況と環境

彼への支配がエスカレートしていた時、私は2021卒の大学生だった。就活が始まったのは2020年、コロナウイルスというものが世の中に広まった年。
面接を受けても受けても貰えない内定。そもそも採用活動を中止した企業。自分の希望は捨てて、とにかく興味のなかった業界も含め数十社回った。それでも終わらない就活と刻刻迫る卒業。私のイライラと焦りはピークに達していた。吐き口を探して宙ぶらりんになっていた感情が、優しく接してくれる彼にロックオンした。程なくして彼は私のサンドバッグと化したのだった。

それからというもの

彼に別れを告げてから2年の時が経ち、実は……もうすぐ復縁してから2ヶ月になろうとしている。
去年のクリスマス、友人とどんちゃんパーティーした末べろべろに酔っ払った私が連絡したのがきっかけ(最低)。ブロックされていてもおかしくなかったのに、彼は快く返信をくれた。そこからご飯に行こうという話になり、2年ぶりに会うことに。
2年の月日は頭を冷やすのに充分な時間だった。お互いに自身の間違えていた考えを認め反省、謝罪し合った。理想の父親だとか、環境だとか、全てまっさらにして彼を見た時に改めて優しさに惹かれてしまう自分がいた。
この2年の間、私は同性を好きになったり、他の異性と極端に短い交際をしたりした。ちゃんとした両想いの恋愛が一切出来なかった。一方で、空白を埋めるように彼の魅力がスっと身に染みたのである。もちろん身勝手に別れを告げた私がそれを伝えることは許されないと思い、蓋をしようと思った。ところが、そんな私に「もう一度やり直したい」と彼は言ってくれたのだった。周りの友人への相談、彼との話し合いを重ね、最終的に復縁することを選んで現在に至る。
私の過去の罪は決して消えないが、それでも私と一緒にいる選択してくれた彼を今度は「幸せにしたい」と思った。虫のいい話なのは重々承知している。それでももう一度、彼と幸せになる未来を作りたいとチャンスを願ってしまった。

これから…

現在の彼との関係は良好。
『復縁』についてよく思わない人もいる。ましてや、ここまでの話を読んで尚更上手くいくわけがないと思われるだろう。
私と彼との関係は『ちょっとした実験』として軽く見ていただきたい。落ちる所まで落ちたカップルが、どこまでやり直せるか。私と彼は運命の相手なのか(?)。

《今意識していること》

  • 対等でいる

些細なことだが、お会計はきっちり割り勘。奢るとか奢られるとか気にしない。プレゼントやサービスはあくまで"自分がそうしたいから"で、どっちがどれくらいしたとかは一切無し。相手に求めない、せがまない。

  • 意思表示をし、否定をしない

少しでも相手の言動に疑問を抱いた場合、その旨を冷静に伝える。嫌なことは嫌だと言う。でも人間性を絶対否定しない。
喧嘩の拗らせはその時に解決、嬉しいことはその時感謝。後回しにしない。

  • 自立する

「自分には相手がいないとダメだ」「相手には自分がいないとダメだ」の考えを捨てる。「相手がいなくても幸せにはなれる。でも相手がいることによってもっと幸せになれる。」と考える。



さいごに

ここまで私がクソ女であった過去から現状までを述べてきました。いかがだったでしょうか。

私と彼は、一度終わりを迎えてしまった関係です。初めて付き合った頃より相手を大切にしなければいけない……という決まりはないかもしれませんが、前と何も変わらないままではきっと過ちを繰り返すでしょう。彼を沢山傷つけた事実を教訓にして、双方が幸せである未来に歩んでいこうと思います。
この先上手くいこうがいかなかろうが、同じ過ちは二度としないことをここに誓い、締めくくります。

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