深夜に考える餃子のこと

7%の500 mL缶で酔って、いつ寝落ちしたのかも判然としないまま、覚醒したらこの時間。
デカフェのアールグレイを飲んでいたらすごく心が落ち着いた。Syrup16gを聴いているとさらに落ち着く。落ち着いたついでに寂しくならなければ良い。

明日の朝食のことを考えていた時、冷蔵庫の中身をあらかた食べ尽くしてしまって、食べるものがほとんどないことに気づく。でも大丈夫、自分には冷凍餃子があるのだ、と圧倒的安心感に胸を張る。冷凍餃子って、実家でもらってきたものだ。

最近、実家の両親は餃子作りにハマっている。両親というか父か。どうやら父が作り、母が焼くという役割分担が決まっているらしい。味は美味しい。
実家の餃子は昔から、ニンニクを使わない。ニラも入っていたかどうか怪しい。それでいて味が淡白にならないように、何か色々入れて工夫していたはず。そんな味が昔から好きだった。逆に、ニンニクの多い一般的な餃子がそこまで好きではない。友人とラーメン屋に入った時、みんな当たり前のように餃子を頼む。自分が頼まないでいるとよく怪訝な顔をされる。昔から、ラーメン屋で餃子を頼む習慣が無かった。そういえば昨日も、最初は餃子屋を目指していたっけ。行かなかったけど。

餃子で思い出すのは、中学3年生の時のこと。実家をリフォームすることになり、物心ついてから初めての引越しを経験した。工事が終わる間、近くにある母の実家に住んでいたのだが、初めて経験する環境の変化で、かなりストレスがあったらしい。自分の場合、餃子が食べられなくなった。なんで?
その時の餃子が、ニンニク入りのものだったか、そうでなかったか、記憶がない。でも当時はわずかなスパイスが妙に強烈に感じたから、ニンニク入りだったのかも。はっきりしない。
割と親には繊細さを見せずに生きてきたつもりだったけど、引っ越しで餃子が食べられなくなるとか、そのエピソードだけで繊細だ。
母の実家に住んでいたのは半年くらいで、それから実家に戻ったのだが、いつから餃子を食べられるようになったのか、よく覚えていない。実家の餃子には最初からニンニクが入っていなかったと思っていたけれど、実はその時からだったのかも。


酔いと一緒に余計なものも抜けていったのか、今は気分がとても落ち着いている。そんなことを言いながら、上野辺りの情景をすぐに頭に思い浮かべていたりする。寝落ちする前、独りトイレで嗚咽していたような気もするけれど、酩酊していたので記憶がない。そんな記憶はないことにする。
心の静けさと同じくらい静かな夜。ふと、いつも明け方まで起きていた人のことを思い出す。夜が深まるに従って、頭が夜に侵されてゆく感覚。そんな生き方は辛くないのだろうかとずっと思っていたけれど、こんな静かな夜となら仲良くできるかもしれない。

後で両親に、餃子のレシピを訊いておこう。

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