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光の筋のことを思う

地元の小さな町に、それはそれは綺麗なテニスコートが出来た。傷一つのない、青が映えるデコターフ。有明のメインコートと同じそのサーフェスは、元々はオリンピックで合宿を行う外国選手団のために整備したものだという。あいにく、この騒ぎでオリンピックは延期となり、翌2021年にもテニス選手団は訪れなかった。名前に冠した「2020」という数字がひどく空虚に感じられる。

10月にオープンしたばかりのコートは予約なんて一つも入っていなくて、せっかくだから使ってみようと久しぶりに実家に帰った。もっとも、暇な人なんていなくて、アクセスもひどく悪いところなので、両親と適当に打っていた。父の膝やら両親二人共の筋肉痛やらを心配していたが、先週の疲れもあってか、まんまと自分の眠気がピークとなり、リビングでくたばっていた。覚醒するば、時刻はもう夕方の5時を廻っていて、陽はほとんど落ちている。そうして日曜日は暮れていき、ぽつりぽつりと街灯が照らす道に車を走らせたのだった。


下道は混むので、実家の行き帰りには大抵、高速道路を使う。便宜上高速と言ってしまうけれど、車線が一つしかなくサービスエリアもないその区間の最高速度は70 km/hで、実際は自動車専用道路だ。近頃の道路のトレンドなのか、かつて高速道路の両脇に並んでいたようなオレンジ色の街灯は一つもなく、対向車がいなければライトを遠めにしていないと不安になるほどに暗い。一台、また一台と対向車の光とすれ違う。日曜の夜、皆家路へと急いでいるのだろうか。やがて、緩やかな左カーブに差し掛かった時、突然目の前が明るくなった。何だろうと対向車線を見ると、十台以上もの車が隙間なく連なり、長い光の筋を作っていた。目算で500 mは続いているだろうか。田園地帯を跨ぐ高架上に現れたその光景は、なんだか現実離れしていて妖怪の仕業のようで、思わず笑ってしまった。先頭を走るトラックが法定速度を順守するあまり、後ろがつかえているというのが実態なのだろうけれど。


「妖怪の仕業かも」などと笑っている一方で、一つの景色を思い出していた。景色、といっても実際に見たわけじゃない。いつかの自分を俯瞰した景色だ。夜の首都高を抜けた記憶。映像や写真で見る、首都高を抜ける車の光。いつかの自分は、あの光の筋の中の一つだった。車の運転なんて得意じゃない、首都高なんて一人で乗ったこともなかった自分が、どうしてそんなことが出来たのか、憶えている。そんなどうしようもないことを、いつまでも思い出してしまう。あの春に戻りたいとは思わない。このフレーズはアニメのピンポンのCMの引用。パクリ。Tendernessに乗せて、スマイルが呟く。

「あの頃に、戻りたいとは思わない」

呟きたくなるフレーズは大抵、五七五で出来ている。ピンポンのアニメは劇中音楽が非常に良くて、CMすら印象に残っている。Blu-rayボックスを買おうと思ったくらいだ。CMでは、スマイルの台詞はこう続く。

「でも、今でも思い出すんだ」

いつかの光の筋のことを思う。


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