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第一志望・東京芸術大学と書いた初めての進路調査

高校に入学してすぐの進路希望調査。第一希望として記入したのは「東京芸術大学音楽学部作曲科」でした。

当時、とにかくピアノが好きでした。そのきっけとなったのは、中学の時に見た、キョンキョン主演の「少女に何が起こったか」というドラマです。「薄汚ねえシンデレラ!」ってやつです。

どうしてもキョンキョンと賀来千香子が弾いていた「ショパンの革命」が弾きたくて、突然親に「ピアノが欲しい」とお願いしました。さすがに無理だと言われ、中古のエレクトーンをあてがわれました。ちなみに、鮎が食べたいというと、シシャモが出てくる家なので無理もないのですが……。

まずは音楽の教科書の合唱曲から始めました。楽譜は音符を数えればわかるレベルでしたが、両手は苦労せずに動きました。幼稚園の時、先生の伴奏を聞いて、家にあったオルガンで楽譜も見ずに再現したというエピソードがあり、その時親が才能?に気付き、ピアノを習わせてくれたら……。

しかし、すぐに鍵盤が足りなくなります。速い曲では指が沈まず、どうしてもピアノが欲しくなります。そこで目を付けたのが、「親が保有していた株」でした。父が昔勤めていて、わずかですが株を持っていたことを知っていたため、新聞で株価をチェックし、何とか買えそうだと確認して、「株売って、ピアノ買って」と懇願。こうして、中学生にして初めてのピアノが家にやってきました。

うれしくてうれしくて、猛練習していました。初めて練習したクラシックは、モーツァルトのトルコ行進曲。革命も半分くらい弾けるようになりました。もちろん粗削りですが。

特にうれしかったのは、中学の文化祭の合唱で伴奏を担当できたことです。中学3年の卒業前に、全校生徒1500人で歌った「大地讃頌」の伴奏を担当できたのは本当に気持ちよかった! おかげで卒業式では、下級生から制服のボタンをねだってもらえました。

そんなわけで、将来何になりたいということまで考えていませんでしたが、とにかく音大に行きたいという思いが強くなりました。それでもさすがにピアノ科に入れるわけはないと思い、考えたのが作曲科でした。まあ後で知りましたが、ピアノ科より狭き門なのですが……。

しかしこの希望は、音楽の先生から「芸大なんて、東大医学部に入るより難しい。3年頑張って、何とか私立の音大に引っかかるかどうか」と言われ、私立の学費は絶対に無理だとすんなりあきらめてしまいました。

こうして振り出しに戻ってしまいました。他に学びたいこともなく、一旦大学に対する興味も無くなったわけです。

第三話「ピアノが縁で決まった海外留学と熱狂できる大学との出会い」につづく。




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