【読書感想文】「タダイマトビラ」 ー「本当の家」ってなんだろうー
図書館に本を借りにいき、カタカナだけの「タダイマトビラ」というタイトルに目がいった。家に帰るときに言う「ただいま」という言葉から、なんとなく家族の話なのかな、と想像をする。それにしてもどうしてカタカナなんだろう、などと思い手にとってみた。表紙は柔らかなピンクの布に水色のドレスを着た女の子がくるまわれていて可愛らしい。
主人公は子どもを愛せない母親のもとで育った少女、恵奈。虐待をされているわけではなく、食事の用意など家事はしてくれるけど、決して愛情を向けてくれない母親。父親も仕事でほとんど家にいることはない。そんな家庭のなかで「本当の家族」「本当の家」を追い求める。そのなかで自分の中に生じる「家族欲」を満たすために「ニナオ」と名付けたカーテンと共に「カゾクヨナニー」という行為に没頭していく。
「カゾクヨナニー」の描写が妙にエロティックで本当のオナニーをしているような感じをうけるが、恵奈はそうすることで自分の脳を騙していることを自覚しているし、それでもその行為に満足している。それが逆にいつか破綻しそうな予感を孕んでおり、読んでいてぞっとする。
高校生に成長した恵奈は大学生の彼氏の一人暮らしのアパートに夏休みの間泊まることになる。これでようやく「帰るためのドア」をみつけたと喜ぶ恵奈。だが「本当の家」を追い求めていくうちに彼氏との関係性も恋愛ではなくなり「本当の家」「本当の家族」を作るための「部品」に過ぎず、この先「本当の家」を作っていくことができるのだろうかという不安で心がいっぱいになっていく。そして彼氏もまた彼氏自身の追い求める理想の家族を自分に押し付けている、彼氏が「私でカゾクヨナニーをしている!」ことに気づいた瞬間、恵奈は家族というシステムそのものに「不備」があり、その「制度が生まれる前の世界に、皆で帰ればいい」「生命体からやり直さないといけないんだよ」という結論に達する。どうやって家族という制度が生まれる前の世界に帰るのか、というところは、なんというかすごく抽象的で難しくて作者の村田沙耶香さん独特の描き方で色々解釈できる余地があるというか、実際のところ私はよく分からなかった。
だが、親から愛されなかった恵奈が「本当の家」「本当の家族」をなんとかして自分で作っていかなければならないという焦燥感みたいなものをずっと持っている描写はすごく納得できた。一見普通で幸せそうな家族にだって人には言えない悩みがあって、親のことも嫌いじゃないけどここは嫌、とか、本当に何も問題がない理想的な家なんてないと思う。最終的にこの物語は、家族という不備のあるシステムを崩壊するという結末を迎えるが、日々生きていかないといけない私たち読者には家族というシステムを崩壊させることはできない。理想を追い求めながらも現実と折り合いをつけて生きていくしかない。ただ、現実的に家族という固定化されたシステムの中だけで生きていくことが辛い人もたくさんいるだろうから、家族からもう少し開かれた助け合える社会が必要だと思う。
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