見出し画像

目的なんてわからないけれど、とにかく書いてみたかったんだ

なんか書いてみよう!と思いたち、noteを始めたはいいが、さっそく壁にぶちあたっている。

「何のために文章を書くのか?」という明確な目的が見つからないのだ。

「情報発信」や「文章の書き方」について調べると、必ずといっていいほど

「目的を明確にしよう!」

「とにかくわかりやすくしよう!」

と言われるので、自分でいうのもなんだが、わりと素直な性格のわたしは、ちゃんと考えた。

あくる日も、あくる日も、考えつづけた結果

「目的がなくても書いていいんじゃないか?」という結論に至った。

そもそもなぜ目的を明確にするのが大切なのか?

そもそもなぜ目的を明確にするのが大切なのか考えてみると、そのほうが「相手に伝わりやすく、自分も書きやすいから」だろう。

たとえば、「おすすめの本を紹介して、できれば買ってほしい!」という目的があったとすれば、書き手はその本を読んで得られたことや、印象的な部分を書けばいいだろうし、読むほうも「○○という本の紹介か」と理解しながら、最終的に「この本を買うかどうか」というゴールにスムーズにたどり着けるだろう。

目的を明確にする大切さは痛いほどよく分かるのだが、同時にこうも思ってしまう。

「じゃあ、わたしの中にくすぶるこのモヤモヤはどうしたらいいんだ!」と。

自分の中でも答えがでていない疑問や、ハッキリと言葉にできないけど、誰かに聞いてほしい気持ちとか。

そういう「わかりやすくないものたち」は書いたらダメなんでしょうか?

仮に書いたとしても「何が言いたいねん!」ってつっこまれるかもしれないし、そもそも誰にも読まれないかもしれない。

でも「明確な目的がないから」という理由で、書きたい気持ちをガマンするよりも、グチャグチャなままでも書いたほうがいいんじゃないか?と思ったんです。

いまこれを書きながらも「どこに向かってんねん?」と正直不安だし、かといって「目的なんてなくていい!」とはっきり言い切る自信もない。

でも、だからこそ、その自信のなさもぜんぶ書いてみようと思ったんです。

そして、もし読んでくださった方の中に「その気持ちわかる!」と言ってくれる人がいたら、それだけで十分だと思うんです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?