気を付けて。この家 ”出る”んだ

うちは、僕と娘と嫁の3人暮らし。現在、父の実家だった家に住んでいる。

もう築50年以上になるらしいこの家に住むようになったきっかけは、他でもない父がくれた。

僕ら夫婦が結婚する際に「リフォームするから住まないか」と勧めてくれたのだ。その頃、既に祖父は他界していたが、祖母も「あんたが住んでくれるなら、おばあちゃんも嬉しいわ」と大賛成してくれた。

かつては父、祖父、祖母だけではなく、曾祖父、曾祖母、そして祖父の弟(僕から見れば大叔父)も住んでいたこの家は、僕も知らない家族の歴史をずっと見守ってきたのである。

水周りを中心にリフォームが施されてはいるが、古いまま残してある部分も所々ある。柱、天井、収納、至るところに、リフォームした箇所と不釣り合いな当時の木造建築の痕跡が残っている。いかにもまっくろくろすけでも出そうな雰囲気である。

しかし実のところ、この家に”出る”のは、まっくろくろすけなんぞではない。

これは、僕ら夫婦が結婚してこの家に引っ越してきた夏のことだ。幼少期に何度となく遊びに来たこの家だったが、改めて住んでみると夜は驚くほどひっそりとしたものだった。何しろこのあたりは空き家が多い。実際この家の両隣も空き家で、片一方に至ってはかなりの老朽化が進んでいる。聞こえるのは自分たちの生活音だけ。それ以外にこの家を包む絶対的な静寂を破る音などない、はずだった。

ところがある夜、僕と嫁はリビングのどこかからタタタタッと音がするのを聞いてしまった。それは小さな足音のようだったが、僕ら以外に音を立てる者などいるはずがない。ゴキブリかな?とも思ったが、足音がするほど大きなゴキブリなど見たことも聞いたこともない。じゃあ、一体・・・途端に寒気がしてきた。

「きゃあ!!!」

突然嫁が悲鳴をあげた。

その声で驚いた僕も「うわあ!!!」と声をあげた。

嫁は「あそこ!あそこ!」と頭上を指差した。

全身は灰色で身に包まれており、中央のぷっくりした胴体からは、針金のように角張った8本の脚が外側に伸びている。

蜘蛛だ。

「でっか・・・!なんだこいつ・・・!」

8本脚を伸ばしたその全長はおよそ成人男性の握り拳、いやそれ以上の大きさがありそうだった。こちらの声にぴくりとせず、ただ僕らをじっと見下ろしていた。

「何とかして!ほんと無理!」

大の虫嫌いの嫁は、僕の肩をバシバシ叩いてくる。

仕方なく家にあったゴキジェットで退治することに決めた。そもそもゴキジェットが通用するのかも分からなかったが、とにかく武器はこれしかない。蜘蛛のいる壁までゆっくりと忍び寄り、噴射口をできるだけ近づけた。

シューッ!!

僕が勢いよく噴射すると、蜘蛛は8本脚を素早く駆動させ、超スピードでこれを回避した。そしてあっという間にどこかに消えてしまった。

なんという反応速度だ。あの巨体からはとても想像できない。僕は舌を巻いた。

これ以降この家では、毎年夏になると、嫁の悲鳴がゴングとなり「巨大蜘蛛 VS 僕」のバトルが繰り広げられている。

いつか娘の友達が夏休みに泊まり来ることがあったら、こう忠告しようと思う。

気を付けて。この家 ”出る”んだ

と。

サポートして頂いた資金で、家族を旅行に連れていくのが夢です。