【どうすれば儲かる?】江戸の天才商人が教える〜戦略やマーケティングより大事な「在庫管理の魔術」とは?
冷蔵庫の在庫管理に苦労している若林です。
いまも昔も、小売ビジネスで儲ける極意は「在庫」の扱い方にあるといわれています。
アマゾンでもスペイン発祥のZARAでも、その強さの根源にあるのは、実はマーケティングや戦略といった派手な要素以上に在庫管理の巧みさにあるのですが、そこに気づいているのはまだ一部の方のみ。
「戦争の素人は戦略を語り、プロは兵站(へいたん=ロジスティクス)を語る」
という軍事学の格言がありますが、まさに在庫をどのように流通させるかが、勝敗を決めるのです。
そこで、今回は「在庫戦略」にスポットライトを当て、在庫担当者でない人にとっても、そこからどんな儲けのヒントが学べるかを見ていきましょう。
作れば売れる時代の終焉
いつの世も、消費者の需要は常に変化するので、それに合わせて在庫をうまく揃えるのは並大抵のことでありません。
マーケティングの巨匠、フィリップ・コトラー教授は、マーケティングの進化を、製品中心の「マーケティング1.0」(1960年頃まで)から、AIを駆使する「マーケティング5.0」までの5段階で定義しましたが、「マーケティング1.0」の時代は、とにかくつくれば売れる時代でした。言い換えれば
需要(マーケットのニーズ)>供給(製品の市場投入)
だったために、とにかくよいものをつくれば、多少の過剰在庫は気にしなくてもよかったのです。
ところが現代は、顧客が本当に欲しいものでないと、まったく売れません。ライバルも多く、新製品もどんどん出されるので、売れ残りを在庫で置いておくと、あっという間に不良在庫になってしまいます。
さて、この厳しい時代に、うまくいっている会社はどう在庫をマネジメントしているのでしょうか?
2つの戦略〜その1:「江戸の高級ミカン」戦略
一つ目の方法は、江戸時代の商人、紀伊国屋文左衛門のミカンの話にヒントがあります。ある年、悪天候で江戸にミカンが不足しているという情報を文左衛門は聞きつけました。そこで、彼は紀州で大量のミカンを仕入れ、命がけで江戸に運び、高値で売りさばくことで大儲けした、という逸話が残っています(さらに江戸からの帰路には上方で人気の「塩鮭」を運び、往復で儲けたとのこと)。
これが、在庫に何の関係があるのかと言えば、
「場所によって同じものの需要や価値が違う」
ということです。紀州ではありふれた安いみかんでも、タイミングによって江戸では稀少性であり、高く売れます。このように差分を取って商売することを「アービトラージ(サヤ取り)」といいますが、ここに商売の基本形があります。
先日テレビ東京の『カンブリア宮殿」で紹介された、PINCH HITTER JAPAN(ピンチヒッタージャパン)はその典型ですが、不良在庫を買い取って、それを売る力がある別の店に卸すことで、年間の取扱高550億円という巨大なビジネスを実現しています。
重要なのは、ある店は全然売れない「不良在庫」でも、別の店では普通に売れる「在庫」であること。
これを応用すれば、あるチェーン店の「さいたま新都心店」では全然売れない赤い服が、同じチェーン店の「横浜関内店」に移動すれば、飛ぶように売れる、そのようなケースが無限にあることがわかります。
ただし、これが数百点のレベルなら、人がエクセルを駆使して何とか作業できますが、毎日数十万点の商品が対象となると、もうお手上げ状態です。
そこで、各店の商品の売れ行きデータをベースに、AIで大量の商品の店舗間移動を自動化したのが、アメリカで上場を目指す「ワンビート(Onbeat)」というクラウドサービスです。
世界中で1兆4000億円分の在庫を、毎日AIで店舗間移動させているというのですから、なかなか圧巻です。
このOnbeatに実装されているアルゴリズムは「制約理論」(Theory of Constraints; TOC)と呼ばれ、その基本的な考え方は、8月28日に新装版として発売される下記の書籍で解説されています。
2つの戦略〜その2:後出しジャンケン戦略
在庫をうまくさばく2つ目の方法は、何が売れそうかを見ながら製品を増産する「後出しジャンケン」戦略です。流行の変化が激しいアパレル・ファッション世界で、ドカーンと1万着の服をつくっても予想が外れてしまえば、ほとんどが不良在庫になります。
実際に、日本のアパレル業界では半分しか予想が当たらないために、年間10億着が廃棄処分になっているといわれています。
売れ残りの一部は、アウトレットや、タグを外してノーブランドで売られることもありますが、ほとんど廃棄処分行きです。
「じゃあ、博打のような予想は止めて、売れたら追加でつくればよい」
と思いませんか?
はい。それをいち早く実現したのがZARAです。同社は、企画から製造、世界中の店舗への流通までの時間(リードタイム)が、約30−60日と、ライバル会社と比べて超高速なのが特徴です(バックエンドでトヨタ生産方式が使われていることでも有名です)。
リードタイムに3カ月もかかるなら、どうしても見込みでつくらざるをえませんが、たった30日で追加製造できるのであれば、売れ行きを見ながら製造量を調整できます。この「後出しジャンケン」の仕掛けにより、ZARAは時価総額13兆円を誇る世界一のアパレル会社になりました。
では、製造から流通までが30日どころか、3日しかかからなかったらどうでしょうか?これなら、とりあえず100着くらいつくっておいて、
「これは売れてる」
と実売ベースで確認した後、追加でつくれば十分間に合います。
これを本当に実現してしまったのが、いま世界中の若い女性に人気の通販アパレルブランド「SHEIN(シーイン)」です。この会社は、すべての商品をネットでグローバル販売しており(つまり1店舗)、リードタイムが2〜3日と極端に短いので、過剰在庫や欠品などの在庫問題を抱えることなく、売れるものだけを全世界で売りまくっています。
しかも、2022年の売上げは3兆円と、ユニクロ(ファーストリテイリング)の2.7兆円を超えています。
ほとんど不良在庫が出ないとなれば、廃棄処分もありませんので、SDGsフレドリーな会社ともいえます。(もちろん、ファストファッションなので、お客さんが飽きて捨てるという別の問題はありますが)。
まとめ
今回は小売ビジネスの一丁目一番地とも言える「在庫」について2つの方法を見てきました。シーインは中国の4大越境ECサイトの一つですが、同じように超短リードタイムの仕組みで世界に勝負をかけるTEMU(テム)や、アリエク(アリババグループのグローバルサイト)など、いろいろなプレーヤーが出てきています。
もちろん品質問題などを含め、すべてがバラ色ではありませんが、「在庫」の観点から、彼らのやり方を学んでみるのはいかがでしょうか。
おまけ
今回は紀伊国屋文左衛門方がミカンで儲けたエピソードをご紹介しましたが、ミカンといえば、古典落語に「千両みかん」という有名な噺があります。紀伊国屋文左衛門と同じく、差分を取る=サヤ取り(アービトラージ)しようした番頭さんは、どんな失敗をしてしまったのか。なかなか深い話なので、ぜひ調べてみてくださいね。