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第八景 コピー用紙を取りに行く話

僕はかなり面倒くさがりだ。できれば動きたくないし、極力しゃべりたくない。自分がしている仕事を中断させられると、とても気分が悪くなってしまう。だから自分の邪魔になるようなものが現れないか、常に周りに気を配っている。効率的に仕事を進めたい。

僕の職場の机の位置は運が悪く、左隣にプリンター、更にその隣にコピー機がある。そして遠くにレーザープリンターがある。無くなる度に備品室から用紙を持って来なくてはいけない。だから紙がなくなった時のために、背後の棚にあらかじめ用紙の束を常にストックして置く。出来るだけ往復の回数を減らしたいからだ。効率的だ。

決まって僕は4つくらいまとめて持ってくる。この用紙が結構重いのだ。運びながら上下に腕を動かして、ちょっと筋トレもしたりする。実に効率的だ。

ある水曜日、作業をしていると隣のプリンターが「ピーピー」いいだした。これは用紙が無くなった合図だ。僕は待ってましたと言わんばかりに後ろを振り向き用紙を取ろうとする。

無い。用意しておいたコピー用紙がないのだ。筋トレしながら運んだ用紙がないのだ。疑問に思いながらも、しょうがない気持ちで備品室へ走って向かう。そしてまた筋トレしながら持って来て補充する。効率的でない。

ある月曜日、また隣のプリンターが「ピーピー」いいだした。これも用紙が無くなった合図だ。僕は待ってましたと言わんばかりに後ろを振り向き用紙を取ろうとする。

おかしい。この前、持って来てから一度も補充してないのに二つしかないのだ。おかしい、僕の計算上では三つなきゃおかしい。おかしいと思いながら補充する。流石におかしいし、用紙が神隠しにあっているので、見張ることにした。あと一つの用紙の束をダシに使う。

翌日、わざと席を立ち、別の棚の書類を整理する振りをして、コピー用紙のある棚を観察することにした。しばらくすると僕の机から離れたレーザープリンターが「ピーピー」いいだした。用紙切れの合図だ。

信じられない事にそのレーザープリンターの近くの職員が、僕が効率的に仕事を進めるために筋トレしながら持ってきた用紙を自分の物のように補充しているのだ。そして最後の一つを使ったのにも関わらずそのままにしている。

僕の常識は覆された。最後の一つを使ったのに、用紙を持ってこない。僕はそのあとは気が気でなかった。その日の仕事が全く手につかないのだ。僕が仕事を効率的に進めるためにしていた事が、なぜかその職員の効率性を上げているのだ。無念だ。

僕はそこで考えた。まとめて持ってくるのと、無くなる度に備品室へ走るのとどっちが良いのか真剣に考えたのだ。

結果、自分の効率性を上げるためにした事が、誰かの効率性を上げる事になるのがとても屈辱的という気持ちが勝り、その度に持ってくることにした。

ひとつずつ持ってくるため筋トレが出来なくなったのは残念だが、神隠しに悩まされる事も無いし、何より誰かが焦って、コピー用紙を備品室へ取りに行く姿を眺めるのは、気分が良いものだ。

人間、意地汚い部分が少しはあってもいいではないか。そんな風に思った。

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