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第十一景 現実を知る話②

翌朝、僕は言われた3時に間に合うように起き、共用スペースの洗面所で顔を洗い、集合場所の厩舎前に向かった。そこには6人の顔があった。

牧場長、おじさんの他に、髭のお兄さん、小汚い年齢不詳の男、僕よりも若い男の子、眼鏡の女の子だ。

ひとりずつ紹介はしてくれなかったので、誰が誰なのか分からない。分かったのは、教育係が若い男の子という事だけだった。

仕事の事は若い男の子に聞いてくれと言って、他の人たちと同様に牧場長もどこかへ行ってしまった。若い男の子は名を名乗ったのだろうが、記憶が定かではない。

挨拶をされて驚いた。女の人並みに声が高いのだ。中性的な顔立ちで本当に男なのかと疑うほどだった。おっぱいを探した。なかった。

彼が厩舎の扉を開ける。ガンガンと金属を蹴るような音が聞こえた。異様な音だ。

少し暗く、目が慣れるまで時間がかかった。音の正体は、馬が前脚で鉄格子の扉を蹴る音だったのだ。朝ごはんの時間らしく、どの馬も腹が減っている。殺気立っていた。

厩舎は縦に長く、真ん中に通路があり、その両サイドに馬房(鉄格子の扉で6畳くらいのスペース)が10くらいずつ並んでいた。その馬房に1頭ずつ馬が入っていて、鉄格子には顔を出せる穴があった。

最初の仕事は、馬のごはんの入った桶を馬の目の前にセットすることだった。ごはんは牧場長が作り、藁やら木のくずのようなものが色々混じっていた。

片手に一つずつ持ち、馬房に近づく。エスカレートする金属音。おびえる僕。なんとかセットすると、すかさず馬が頭を突っ込んでガツガツ食べ出す。歯を合わせるボリボリという音がした。

その隣に飲み水用の桶があり、蛇口を捻ると桶の上のホースから水が出てくる。減っていたら足してくれとの指示も受けた。

全ての馬房にセットし終えた。食べ終えた馬から順次、朝の運動だ。おじさんと、髭のお兄さん、年齢不詳の男、若い男の子が乗り役(乗る人)らしく1頭ずつ馬を連れ出していった。

馬房に馬がいない間に、馬房の掃除をする。それが次の仕事だ。馬房にはおがくずか藁が敷いてある。馬のベッドだ。そこに馬の糞尿が垂れ流してある。

要はうんこを取り除いて、きれいなおがくずを敷き詰める作業だ。農耕用のフォークでおがくずを持ち上げると、ちょうど間にうんこが挟まる。うんこはこぶしほどだったり、ゆるかったりした。いろんなうんこがある。人間と同じだ。

それを手押し車に乗せる。おしっこを含んだおがくずは重いし、臭い。うんこも臭い。きれいな部分は取り除かなくていいと教わったが、うんこが残っていたら大変なので、疑心暗鬼になり、ほぼ全てのおがくずを取り除く。

キレイに片付いたら、新しいおがくずを撒ける。均等に撒いて新しいベッドがいっちょ上がりだ。

一瞬晴々しい気持ちになるが、残り19だ。同じ作業を繰り返さなくてはいけない。

気が遠くなっていく。

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