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エネルギーの流れ

学校に行っていなくても、お友達と関わりたい気持ちが強い娘は、思いついた時に、お友達に手紙を書く。手作りしたアイロンビーズのブローチや、ビーズのイヤリング、自分でデザインした缶バッジなどを同封し、そのお友達に幼いきょうだいがいたら、その子たち向けにシールや折り紙を同封している。

手紙が与えてくれたもの

保育園のアルバムをたまたま見ていて、その日、あるお友達の誕生日だったことに気づいた娘は、プレゼントを作り、丁寧に手紙を書いて、びっくりさせたいと言って、お友達の家のポストに入れた。

「気づいてくれるかなぁ、いつポスト見るかな」

「お返事くれるかな」

と、ドキドキしている様子だった。

お友達からの返事は、すぐに届いた。ポストに自分宛の手紙を見つけた娘は、大喜びで、その場で封を開けた。封筒には手紙と、アクアビーズの作品が入っていた。アクアビーズが大好きな娘は

「私もアクアビーズ作って、プレゼントしたい」

と帰宅早々、黙々と作業し、出来上がったものを、丁寧にラッピングし封筒に入れ、手紙も添えて、再びお友達の家のポストに入れた。

しかし、今回は、返事がなかなか来なかった。娘は毎日、ポストを確認していたが、自分宛の手紙を見つけることはできなかった。

「今日もお返事なかった」

と、その日もがっかりして、家に向かおうとした時、ばったり、そのお友達と、お母さんに会った。

「お手紙届けに来たの。会えてよかった」

そう言われ、ぱぁっと、娘の表情が輝いた。お友達と久しぶりに会えた嬉しさと、待ちに待ったお返事が届いた嬉しさ。例えは悪いかもしれないが、ご主人を見つけた犬が、ちぎれんばかりにしっぽを振って喜んでいる様子に近いものを感じた。

外は暗い時間帯だったが、

「今から、遊べる?」

と子どもたちは言い、30分ほど、あたりを走り回って笑いながら過ごした。

帰宅すると娘は

「ママ、明日は学校に行く。さっき、〇〇ちゃんに『学校、来て』って言われたし、もらったお手紙にも『いつ来るの』『待ってるよ』って書いてあるから、私、行かなくちゃ」

「明日の天気に合わせた服をコーディネートしておかなくちゃ」

と、天気予報を調べ、洋服をベッドの上に広げて組み合わせを考え、準備した。

「約束」の責任

翌朝、私と登校したものの、昇降口から娘のクラスまでの道のりは、遠かった。階段を上っては下り、それを何回も、何回も繰り返した。やっぱりこわい、と言って泣き、うずくまって、お茶を飲み一息つき、また歩き出しては止まっていた。

教室に入る前に、担任の先生に迎えに来て欲しいと言っていたので、先生を待っているのだろうなと、容易に推察はできた。だが、授業が始まれば当然、先生は教室付近の廊下をのぞくことしか、できなくなる。頑張って階段を上ったとしても、娘のクラスはそこから一番離れた場所。先生の目が届くはずもない。

その日は、教室まで行く勇気が、なかなか出ない娘だったが、

「今日は、絶対行くの。行きたいの。昨日、〇〇ちゃんと約束したんだもん。絶対、頑張りたいの」

と、強い口調で繰り返しながら、帰ろうとはしなかった。

「行きたい。でも、こわいよ」

と泣き、不安な気持ちと一生懸命、戦っていた。

そこへ、偶然にも保健室の先生が通りがかった。

私は会釈しただけで、何も話さなかったが、担任の先生に様子を伝えてくれたようで、ほどなく担任の先生が迎えに来てくれた。

「遅くなってごめんね、頑張ってここまで来られたんだね」

上履きを脱ぎ、下履きに履き替えようとしていた娘だったが、先生の姿を見て安心したのか、上履きを履きなおした。涙を拭き、ゆっくり、ゆっくり歩いて、やっとの思いで教室の前まで行った。

すると、〇〇ちゃんがニコニコしながら出てきてくれて

「来たんだね!」

と声をかけてくれた。それに気づいた、同じ保育園出身のクラスメイトが次々と教室から出てきた。面白いお話をしてくれたり、大丈夫だから一緒に行こうと声をかけてくれた。ふざける子たちもいて、そんな姿を見ながら、次第に娘は笑顔を取り戻した。

「もう大丈夫。ママ行って」

そう言われるのを待って、私はその場を後にした。学校に到着してから、1時間以上経っていた。

感謝

先生の立場からすれば、授業中に廊下に出てきて、ふざける子どもたちに、教室に戻りなさいと諭したいはずだ。なのに、娘が落ち着きを取り戻すまで、廊下で一緒に過ごすことを許容してくれた。

後日聞いた話では、この日、始業前に、娘が朝から登校する意思があることを、学校に連絡していたので、校長先生が門まで何度も往復し様子を見に来てくれたり、教室に入れなかった時に保健室にいられるようスタンバイしてくれたり、2年生の先生方全員で、サポートする体制を取ってくれていたらしい。ただでさえ、コロナ禍の影響で先生方の業務は増えているのに、一人の児童に、ここまで力を注いでくれることに、本当に感謝しかない。

娘はいつも

「先生は、ママみたいに、怒らないの。『できない』っていう子にも、『こうすれば、できるかもしれないよ』とか『そっかー、今は難しいんだね』って、優しいんだよ。だから大好き」

と話していて、先生が子どもたちの可能性を信じて接してくださっていることがよくわかる。言葉にしなくても、そういった空気感は、子どもに届くものだと思う。だから、娘も、先生を頼りにしているのだろう。

そして、同じ保育園出身のお友達との絆も、とてもありがたい。それぞれのやり方で、娘を勇気づけ、励ましてくれる。子ども同士が「感覚」で、その場で何をしたら、元気を与えられるのか、わかっているように見える。それは、先生方が、学校で理想とするやり方ではないかもしれないが、子どもには一番伝わる方法で、きれいな、純粋なエネルギーに満ちていた。

先生方と、お友達のおかげで、娘の1ヶ月半ぶりの登校は、叶った。

消費と充電

朝の、高い高いハードルを越え、2年生になって初めての給食、掃除を経験し、一日を学校で過ごした娘は、弾むような勢いで、お友達を我が家に連れて帰ってきた。

「一緒に宿題やって、それから遊ぶの」

と言い、果たして宿題をやっているのかどうか、定かではないが、部屋には笑い声が響き渡り、楽しそうだった。お友達というものは、やはり、何よりも、娘に力を与えてくれる大切な存在だ。

お友達と遊んだ後は、ついさっきまでの賑やかさは影を潜め、娘はとても静かな、一人時間を過ごしていた。

何を感じているのだろう、学校でどのように過ごしたのだろうと、私は詮索したい衝動に駆られたが、あまりにも静かに自分の世界に浸る姿を見ると、声をかけられなかった。その時間を、満喫させてあげたかった。

しばらくして、顔をあげた娘は

「ママ、今日の給食、美味しかった!学校の牛乳は、お家のよりも、ずーっと美味しいから、ごくごく飲んじゃった!」

「たくさん遊べて、楽しかった」

と、充実した表情だった。

もっと、何か話して欲しいと思い

「1日、頑張ったね。ドキドキは大丈夫だったの?給食以外のことも知りたいな」

と言うと

「何があったか、忘れちゃった!朝はたくさん泣いちゃったけど、ママが帰ってからは大丈夫だった。楽しかったよ。またみんなと遊ぶんだ」

とあっさりしたものだった。

翌日、いつも通り、娘は登校しなかった。

それでも、下校後のお友達から

「遊ぶよ!早く来て!」

とインターホンで呼ばれると、慌てて出ていき、とっぷり日が暮れるまで遊んだ。そして週末、お友達の家でピクニックをするからお弁当を準備してほしいと言い、はじめて、親を同伴せずお友達の家に遊びに行った。

こうやって、娘は自分のエネルギーを、使っては溜め、使っては溜めながら、その容量を大きくしていくのかもしれない。そのうち、エネルギーを使い切らず、余力を残せる日も来るだろう。親にできることは、ただひたすら、エネルギー充填の環境を作ることと、一歩を認めて喜び合うこと、それだけだ。

また一つ、階段を上った娘。些細な日常の出来事ではあるが、大切にしたい。

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