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【みじかい小説No.3】目玉のビー玉ひところがり

「おじいちゃん、ビー玉とって。」
新聞から顔をあげると、司が四つん這いになっているのが目に入ってきた。
見ると足元に、赤や黄色のビー玉が3、4個転がっている。
「どれどれ。」
私は新聞を一旦二つに折りテーブルに乗せると、体の向きを変えて腰を折り、足元のビー玉をつまみあげる。
ビー玉とは、懐かしい。
おおかたこのビー玉は、司が小学校の友達と遊ぶために母親に買ってもらったものだろうが、それにしても今時のビー玉は、私の子供の頃のものと違って中にキラキラしたものがたくさん入っていたりして目にも鮮やかなものが多い。
そうだ。
私は思いついた。
司を近くの古物屋につれていってやろう。
あそこなら、キラキラしたビー玉を目にあしらった人形がいくつかあったはずだ。
私は、そうだそうだと思い出した。

一時間後、司と私は古物屋の中にいた。
白いペンキの筆で店名が記された古い木の引き戸を抜けると、そこはカビ臭い、ひんやりとした異空間だった。
品物に影響するためか、照明は多分に落とされている。
各々、刻んできた時が異なる古物たちが、何の因果があってかこの店に集められ、こうして今、司と私の前に一同に会していることに思いを馳せると、なんだか一品一品が運命の品物のように思えてくるから不思議だ。
そんな感覚は、まだ司には早いらしい。
司は、触っては駄目だよという言いつけを守りながらも、そちこちの品物を興味深気に眺めている。
「あら、いらっしゃいませ。」
奥から店員とおぼしきおばあさんが出てきたのは、十分くらい店内を物色していた時だった。
歳は私より十は上だろうか。
丸眼鏡の内側から細い目を見開くと、おばあさんは「あら、ビー玉。」と、司の手に持っているものに気づいた。
「懐かしいわねぇ。」
司がそうするので、おばあさんは差し出された司の手の内のビー玉を、指先でついとつっついた。
ビー玉は、司の小さな両の掌の中でコロコロと鳴った。
「そういえば、こっちにもあるのよ、ビー玉。」
そう言うとおばあさんは、店を入って右奥の、一段高くなった畳みのスペースを指差した。
そこに鎮座していたのは、二体のフランス人形だった。
そうだそうだ、私の記憶の中にあるのもまた、こういう感じの人形だった気がする。
二体は50センチほどだろうか、びらびらした衣装は元が何色だったのかわからないくらいに黒ずんでいて、クリーム色の髪の毛も縮れてはいるが、確かにフランス人形と呼べる品物だった。
「ほら、ごらん。ここにもビー玉が入ってる。」
おばあさんは、人形の二つの目を指し示した。
司は促されるままに、「どこぉ。」と言いながら、顔を人形に寄せていく。
私も見てみると、なるほど確かに、フランス人形の目玉には、水色のビー玉がはめ込まれている。
「おじいちゃん、これ、ビー玉?」
司がそう尋ねるのも無理はない、目の玉としてあしらわれたビー玉は、汚れが目立ち、ところどころひび割れていた。
「お人形さん、ちゃんと見えてるのかな。」
司は人形の目に顔を近づけてあちらこちらから角度を変えて眺めている。
「そうだね、少し、かわいそうかもしれないね。」
私も、司たちが見ているものとは別の一体に顔を近づけて、目の玉をのぞいてみた。
こういう時は分かってていても、誰かの顔をのぞき込んでいるような、少々の罰の悪さを感じるものだ。
人形は当然、何も言わずにただ身を任せている。
その時だった。
人形の目が、きらりと光ったのだ。
私は思わずあたりを見まわした。
光源となるものは何もない。
はて。
「おじいちゃん、いま、目が光ったよね。」
司の言に、私はどきりとした。
「そんなことが、あるわけないじゃないか。」
私は司にはばれないように、急いで人形から手を離した。
司と二人、店を出る時には、二体の人形は行儀良く畳みの上に座らせられていた。
その隣に座るおばあさんが、いつまでもにこにことこちらに笑いかけていたのは、気のせいだったろうか。

帰宅して二人でアイスクリームを食べた後、私は読みかけの新聞に戻り、司はまたビー玉遊びをはじめた。
一息つくために立ち上がった私は、司の遊ぶビー玉の中に、家を出る前には見なかった水色のビー玉があるのに目をとめた。
そのビー玉は、リビングの床の上を、司にはじかれるままに、コロコロと転がっているのだった。

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