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分岐

女友達の「一昨年にバイクの免許を取り、今年の夏にツーリングで一週間をかけて北海道を一周してきた」というつぶやきをmixiで見た私は、大変羨ましく思った。
一時期、私はYouTubeでキャブヘイというバイク乗りのユーチューバーにハマっていたときがあり、私もバイクの免許を取ろうかと真剣に考えたことがある。しかし、結局バイクの購入代金、及び維持費用、駐輪場の確保などの諸問題にぶつかり、いつしか熱は冷めてしまった。
しかし、心の奥底にいつかバイクに乗ってツーリングをしてみたいという気持ちはある。
そしてツーリングと言えば、私の弟のある出来事を思い出す。

私には三歳下の弟がいる。彼は地元の高校を卒業すると、都内の航空専門学校に通った。随分とニッチな専門学校だと思うが、弟は学生時代から飛行機に興味があり、休日ともなると航空ショーに足を運んでいた。
航空専門学校は工業系の学校で、就職に必要な工業系の資格を幾つも取るのだが、あるとき弟の部屋に入ったら彼の履歴書と資格の一覧表が落ちていた。パソコンで作られた一覧表を見ると、工業系の資格がA4用紙に書き切れないほど羅列されており驚いた覚えがある。そのほとんどが専門学校在学中に取ったものだ。それだけの資格を持っていればそこら辺の町工場どころか、それなりに大きな工場でも働くことが出来るのではないか、そう思わせるような資格の数だった。
 
事実、弟は愛知県にある三菱重工業名古屋航空宇宙センターという、我が弟ながらよく入社出来たな、と思う規模の大きな会社に入社し、ナゴヤドーム(現バンテリンドーム ナゴヤ)の隣にある社員寮に入寮した。私は一度遊びに行ったことがあるが、部屋の窓からナゴヤドームの外周を歩いている人が見えるくらいの距離だった。そして文字通り、敷地のフェンスを乗り越えればナゴヤドームの敷地に入れるほどで、中日ドラゴンズのファンだったら垂涎の立地だろう。目と鼻の先で行われている試合を愛知のローカルテレビで見られるのも不思議な感覚で、私は二日連続でナゴヤドームへ観戦に行った。

弟が就職して四、五年経った頃、彼は会社を辞めたいと言い出した。曰く、ケーキ屋で働きたいのだと言う。
何故、ケーキ屋か? 弟は高校生の頃から飲食店でバイトをしていたのだが、いつしかケーキ作りに興味を持ち始め、高校を卒業後は製菓の専門学校に入学しようか悩んだ。結果、もう一つの興味があった方の航空系の専門学校に入学したが、ケーキ作りの方に進みたい気持ちが強くなり、会社を辞めると言い出した。

それを聞いた両親は「折角、大きな会社に入れたのに勿体ない!」と弟を説得するべく、夫婦で名古屋へ行くことにした。事前に弟へ連絡をすると弟はどこかへ出かけて会ってくれないかもしれない。そんな懸念があるので、弟に連絡をせずに、ある土曜日に新幹線で名古屋へ向かった。

そして現地に着いて父が弟に電話をすると、何と弟はバイクでツーリングに出掛けており、会うことは叶わなかった。弟はバイクも好きで、普通二輪免許を持っている。実家の埼玉までバイクで帰省することも度々だった。
仕方がないので両親はそのまま帰路に着き、途中で赤福を買って帰った。
両親は何をしに行ったのか。無計画にも程があるが、この無計画さは私にも通じるものがあるなと、今更ながらに思う。
結局、弟に事前に連絡をしてもしなくても会えないことには変わりはなかった。

私は実家で両親のお土産の赤福を食べながらその話を聞いた。
「往きの新幹線さ、何だか分からないけど赤い服を着た人がたくさんいたよ」と母が言う。
「ん? それってもしかして……」
私は実家の新聞を手に取りスポーツ欄を開くと、その日は鈴鹿サーキットでF1が開催される日だった。
何という偶然だろうか。両親は図らずもF1の開催日に名古屋へ訪れたのだった。赤い服を着た乗客はフェラーリのファンだろう。
そっか。プロ野球ファンやJリーグファンがユニフォーム姿で球場やスタジアムに足を運ぶように、F1のファンは往きの新幹線でユニフォームを着るんだな。
私は新しい学びを得た。

以上がツーリングにまつわる思い出である。その後、弟は三菱重工を退社し、ケーキ屋に転職を果たした。そして幾つかのケーキ屋や洋菓子屋、イタリアンレストランで働き、現在は自分の店を出店するべく実家でニート生活をしながら店舗を探している。本人が言うにはケーキ屋ではなく焼き菓子の専門店を開くつもりだと言う。いつの間にケーキから衣替えをしたのか。

ともあれ、彼は今年の夏は埼玉の熊谷の知り合いの畑で農作業のアルバイトをしており、売れ残った野菜を時々もらって帰ってくることがあり、その多さに実家でも消費するのが大変だという。私もジャガイモやズッキーニ、玉ねぎをもらい、弟はこのまま農業の道に進んだ方が良いのではと思ったが、このバイトは今夏で辞めるらしい。
私自身、転職も引っ越しが多いが、弟も負けず劣らず多いなと思う。そういう血なのかもしれない。
いずれにせよ、私は弟が店を開くことを首を長くして待っている。もしかしたら、開店してもすぐに潰れるかもしれないが、それでも良いだろう。人生は一度しかない。自分のやりたいように生きれば良いと思う。



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