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2020年6月の記事一覧

クォーツは言った(3)

クォーツは言った(3)

雨が降っている。誰もいない家はよく音が響く。何もすることはない、いやできないのだ。わたしはこうやって立派に思考することができるがその見た目は大きめの石である。
自分が石であるという事実は思いのほかわたし自身を縛り付ける。だってどこにも行くことができない。美しいものの隣にいることさえ、彼女ーーこの家に住んでいる女性のことである、どうやらわたしは彼女の指の先から出てきたらしいーーの手を借りなくては

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クォーツは言った(2)

クォーツは言った(2)

 彼はおしゃべりだった。わたしが裁縫をしていても、草刈りをしていても、テレビを見ていても、ずっとしゃべっている。それが、返答を期待した言葉の投げかけだったのかは今になっては分からないが、ただ彼が言葉を発することを好んでいた事実は動かない。
 そういえば、彼が静かになる場所がひとつだけあった。台所である。
 台所、といってもそれはシンクの上とか、食卓の上ではない。台所にある窓のへり。窓の向こうには、

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クォーツは言った (1)

クォーツは言った (1)

夕食の支度をしているとき。指が切れた。薬指の先だった。けっこう深くて、皮がそげている。そこから「石」が出てきた。いや、気づいたらあったのだ。血がにじみ出てくるのに一瞬、気を遠くしたのち、石はまな板の上にごろんと転がっていた。爪ひとつ分くらいの大きさで、白っぽい。だけど、透き通っていた。出血しているはずなのに、それはどこも赤くなかった。

 こいつはどこから来たのだろう。
 わたしの指の先にはこん

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