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2019年6月の記事一覧

見えない凶器

見えない凶器

 見えない凶器を持った人間。それが私の家には住んでいました。玄関を開けたすぐ向かいの部屋。2LKのアパートの一室。その人はたった一人でそこを占拠していました。
幼い私の夢は、自分の部屋を持つことでした。2LKのアパートですから、ひとつの部屋を占有されれば、あとは1LKしか残りません。あと一つの部屋は寝室として使っていたので、私の手には入りませんでした。キッチンを私だけの物にするわけにはいきませんで

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白紙の日記

白紙の日記

「何をするでもなく、ただ、白紙を埋める。その作業に没頭したのは、どうしようもなく不安だったから。心の端から端まで、黒く、赤くして、なんでもいいから空虚の色を残すことがたまらなく嫌だったの。それをわかってくれる?」
 真剣なまなざしで、八重子は言った。切りそろえられた黒髪が、蝋燭の光で艶めかしく光っている。病的に白い肌は暗闇からぼぉっと浮かび上がる。血色の悪い頬に、炎がほのかな紅を差して、いつもより

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枯れた花束を大切に抱える男

枯れた花束を大切に抱える男

車の中にいた男は花束を抱えていた。
その花束は見事に枯れている。水分は抜けきって、乾いている。
男は枯れた花束を大切そうに両の腕で包みこんでいる。
私は我慢ができなくて、車の窓ガラスをコンコンコンと叩いた。
男はこちらに気づいたようで、ゆっくりと窓ガラスがさがっていく。
「はて」
「ご主人、わたしはいてもたってもいられなくなってしまって、大変失礼だとは承知の上でね、こうやって貴方の車の窓ガラスを叩

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