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夢 ー時空を超えて 2の6ー

ジョンはいつものネイビーの車で来ていた。車種は忘れたが、車内は狭く、いつもジェフリーに椅子が壊れるとか体重オーバーだとか、からかわれていた。今はその小さな車の助手席が、とてつもなく居心地の良いものに感じられた。

走り出してしばらくは、お互いに無言だった。

頃合いを見計らう様にしてジョンが少しずつ口を開く。

僕が軍隊にいたのは知っているよね?

彼は、私より10歳ほど年上で、ギリギリベトナム戦争の経験者だった。ジェフリーも軍隊ににいた事があるけれど、戦争体験者ではない。ジェフリーはいつもジョンを尊敬していた。
私は小さく頷く。

僕はダイバーソルジャーだった。川の中に数日間潜んでベトコンと戦ったり、ミリタリーの中でも1番危険な任務だった。そんな日々だったから、自分は20歳以降生きているとは思ってなかった。あの戦争で人生が終わると思っていた。

だけど、戦争は終わり、僕は生きてアメリカに帰ってきた。しばらくの間どうやって生きて行くか悩んだよ。だって、無いと思っていた人生が続いていたんだから。時間が経つごとに、爆弾や銃撃音の無い世界に慣れて来た。それがどれだけ幸せなことかを実感するようになった。

そして僕は決心するんだ。

これからの人生は自分にとってはギフトの時間なのだと。ギフトの時間だから幸せに生きて行こうと決めたんだ。幸せに生きるとは、、、人のために生きることだと。

だから僕は救急隊員になった。少しでも、失わなくても良い命を救う、これがギフトの時間の使い方にふさわしいと思った。

ジェフリーとは良く話したし、飲みにも行った。彼は僕の生き方に賛同しながらも、病気に苦しんでいた。その身近な苦しむ友人を救えなかった事で、僕も本当に苦しんだけれど…

トモコ、人は人を変えれないんだよ。何かのスィッチにはなるかも知れない。背中を押してあげる事くらいは出来るかも知れない。でも、最後は自分でしか決められないんだ。だから僕も君も、彼の決断の前にはなすすべは無かったんだ。

忘れろとは言わない。
諦めよう。
諦めても思い出は残るだろう?それは誰にも奪われない。大事に抱えて、君はこれからも生きていくんだ。

多分その時の私は、物凄く消耗していて、他人から見たら余程危なっかしく映っていたのだろう。ジョンの言葉があまりに真剣な重さで響いて来て、ハッと顔を上げて彼の横顔を見つめた。

彼はハンドルを握りながら泣いていた。

そうやって僕も生きていく。

そこまで一息に話した後、車内は沈黙に包まれた。私も滂沱の涙を流しながら、静かに頷いた。

今でもあの時の会話は細部まで良く覚えている。眼を瞑ると、ニュージャージーからの帰り道、過ぎゆく風景、ジョンの低くて柔らかい声、沈みゆく夕陽、それらが命をもって甦ってくる。
そして私に、"しっかり生きていけ"と囁いてくる。

マンハッタンのアパートの前で私を下ろし、ジョンは夕闇の中、自宅に帰って行った。
私はテールランプが見えなくなるまで彼の車を見送り、一つ深呼吸をしてから自分のアパートへ帰る階段をゆっくり登り始めた。

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