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夢 ー時空を超えて 2の9ー

日常が戻ってきた。
でも、今までと街の風景がどこか色彩が違って見える。ふと気を抜くと、視界の端がモノクロになっている様な寂しい気配を伝えて来る。

あれ以来、76st. のジェフリーのアパートには行っていない。一度荷物整理にジョアンナが来た時、片見分けに何か持って行きたいものがあれば取りに来てと言われたが、ジェフリーがいない部屋に足を踏み入れる気には到底なれず、用事があるからと辞退した。

彼と歩いた街並みを歩くのも、いちいち彼の姿が垣間見える気がして落ち着かない。
このまま帰国も考えたが、そうしてしまったら、私は2度とマンハッタンの土を踏む事はないだろう、、、そう思うと悲しくて、結局そのまま身動きせずに黙って苦しい気持ちをやり過ごしていた。

塞ぎ込む私を、ある日ルームメイトとその彼が連れ出してくれた。行き先はボタニカルガーデン。
ジェフリーがジョアンナと結婚式を挙げた場所でもある。

ボタニカルガーデンはブルックリンにある。春になれば、ジャパニーズガーデンには桜が咲き、園内どこも花で満たされ、それは素敵な空間となるであろう。

私達が目的地を訪れた時はまだ真冬の最中で、全ての植物は休眠しており、冬枯れの景色を晒していた。

それでも何となく私は浮き立っていた。
ジェフリーが亡くなってから初めてくらいの感覚…春が近くまで来ている様な、そんな感覚がうっすらと足元から立ち昇ってきていた。

しばらく園内をぶらついた私達は、あまりの寒さに近くのダイナーに飛び込み、薄いコーヒーを啜った。ルームメイトのボーイフレンドのジェイミーが、私のためにニューヨークチーズケーキを頼んでくれた。出てきたケーキの大きさに、思わず私達は吹き出した。

トモコの笑顔を久しぶりで見たよ。

ジェイミーが私を見て優しく微笑む。何日もの間、ルームメイトとジェイミーは、塞ぎ込む私をそっと見守ってくれていたのだ。やっとそれに気付いた私は、顔を上げて2人を見つめ、

ありがとう。私はもう大丈夫だから。

と伝えて、フォークを手にする。2人の笑顔が涙の膜の向こうに見える。

アートスクールの授業にも、ようやく出席し始めた。ミッドタウンのカウンターバーに隣接する、麻雀屋さんのキッチンでのバイトも復活した。
全てが何事も無く、以前の風景を取り戻しつつあった。

だが、夜になると立ち直ってきた気持ちが鈍り始める。頭では分かっていても、やり切れない想いに胸が塞がる。彼の腕の中で眠る事はもう無いのだと思うと、寝返りを何度も打った挙句に、まんじりともせず、夜が明ける。

そろそろ潮時なのかな。

この頃から私は、大好きなマンハッタンを離れる準備を始める。でも、本気なの?という自分の声が勝ってしまい、準備は一向に進まなかった。。

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