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『ハイマン・ミンスキーが発見した金融危機の背後にある秘密』(2014年3月24日、BBC)

 金融不安定性説を主張した経済学者ハイマン・ミンスキー。先日シェアした論文は中々骨が折れましたが、彼が言わんとしていることは、金融危機が起きる要因は主流派経済学者が言うような外部性のショックではなく、経済システムの内部にあるという点に集約されていました。

 今回はBBCの6年前の記事ですが、ミンスキーの考えをとても分かりやすくまとめた良記事なので紹介したいと思います。

(原文リンク: https://www.bbc.co.uk/news/magazine-26680993)

『ハイマン・ミンスキーが発見した金融危機の背後にある秘密』(2014年3月24日、BBC)

1996年に亡くなったアメリカの経済学者ハイマン・ミンスキーは、大恐慌の間に青春時代を過ごした。ダンカン・ウェルドン氏によれば、大恐慌はミンスキーの思想を形作り、それがどのように起こったのか、そしてどのようにその繰り返しを防ぐことができるのかを説明するライフワークに駆り立てた。

 ミンスキーは生前のうちに経済学界で日の目をみることはついぞなかったが、彼の考えは2007年ー2008年の金融危機によって突然広く受け入れられることになった。多くの人にとって、ミンスキーの理論は金融危機が何故起きたのかについて、最も妥当な説明の一つを提供したようだ。
 長きにわたって絶版になっていた彼の著書への需要は突然高まり、数百ドルで取引されるほどだったが、『不安定な経済を安定化させる』(Stabilizing an Unstable Economy、邦題『金融不安定性の経済学』1989年、多賀出版)などいうタイトルの、緻密な学術書にとっては悪いことではなかろう。
 現在のFRBのジャネット・イエレン議長やイングランド銀行のマーヴィン・キングを含む上級中央銀行家たちは、彼の洞察を引用し始めた。ノーベル賞を受賞したエコノミストのポール・クルーグマンは、この金融危機で注目を集めた講演を「皆がミンスキーを読み直した夜」と題した。
 以下がミンスキーの5つの主張である。

安定性は不安定化する

 ミンスキーの主要な考えは、「安定性は不安定化する」(Stability is destabilising)というたった3つの英単語で表され、Tシャツに収まるほどシンプルなものである。
 ほとんどのマクロ経済学者は、彼らが「均衡モデル」と呼ぶものを使用している。つまり、現代の市場経済は基本的に安定しているという考え方だ。安定といっても何も変わらないという意味ではないが、経済は着実に成長しているという。
 経済危機や突然の好況を引き起こすには、石油価格の上昇、戦争、インターネットの発明など、何らかの外部ショックが発生する必要があると。
 だがミンスキーはこれに同意しなかった。彼は、経済のシステム自体が内部のダイナミクスを通じてショックを引き起こす可能性があると考えた。経済が安定していると、銀行、企業、その他の経済主体は楽観的になる。
 彼らは好況が今後も続くと想定し、利益を追求するためにこれまで以上に大きなリスクを冒し始める。よって、次の危機の種は好況の時に蒔かれる。

債務の3つの段階

 ミンスキーは、貸付は3つの異なる段階を経ると主張する「金融不安定性説」という理論を立てた。彼はこれらをヘッジ段階、投機的段階、ポンツィ(ポンジー)段階と呼んだ。ポンツィの名は、金融詐欺師チャールズ・ポンツィから来ている。
 最初の段階では、危機が発生すると、銀行と借り手は直ちに慎重になる。ローンは適度な金額で組まれ、借り手も最初の元本と利息の両方を返済する余裕がある。
 楽観が高まるにつれ、銀行は借り手が利息を支払うだけの余裕があるローンを組み始める。通常、このローンは価値が上昇している資産に対するものである。そして、前回の危機から長い年月が流れると最終段階のポンツィ金融に達する。ここで銀行は利息も元本も支払う余裕のない企業や家計にまで融資を行うようになる。繰り返しになるが、これは資産価格が上昇するという信念によって支えられている。
 これを理解するには、典型的な住宅ローンについて考えるのが最も簡単である。ヘッジ金融とは、通常の資本返済ローンを意味し、投機的金融は利息のみのローンに似ており、ポンツィ金融はこれをも超えるものだ。それは、住宅ローンを取得し、数年間まったく支払いを行わず、家の価値が十分に上がって、最初のローンとすべての未払いの支払いをカバーできるようになることを望んでいるようなものだ。このモデルはどの種類の貸付が金融危機につながったかを非常によく説明している。

ミンスキー・モーメント

 後の経済学者によって造られた用語である「ミンスキー・モーメント」は、丁度トランプで建てた家全体が倒れる瞬間を指す。ポンツィ金融は資産価格の上昇に支えられており、資産価格が最終的に下落し始めると、借り手と銀行はシステムに返済できない負債が存在することに気づく。人々は急いで資産を売り払い、さらに大きな価格の下落を引き起こす。

 それは漫画のキャラクターが崖から逃げる瞬間のようなものだ。彼らはしばらくの間走り続けるが、それでも彼らは堅い地面に立っていると信じている。しかし、そこへ皆が突然気付き始めると、ミンスキーモーメントがやってくる。ふと見下ろすと、そこには薄い空気しか見えず、途端に彼らは地面に急降下する。これが2008年の危機の実態だ。

無視されてきた金融の問題

 ごく最近まで、ほとんどのマクロ経済学者は銀行や金融システムの詳細にあまり関心がなかった。彼らはそれらを、お金を貯蓄者から借り手に移す単なる仲介者と見なしていた。
 丁度それは、ほとんどの人がシャワーを浴びているときに配管の細部に関心を持たないのと似ている。パイプが機能し、水が流れている限り、詳細な機能を理解する必要はない。

 ミンスキーにとって、銀行は単なるパイプではなく、ポンプのようなものだった。システムを介してお金を移動する単なる仲介者ではなく、融資を増やすインセンティブを備えた利益を生み出す機関だった。これは、経済を不安定にするメカニズムの一部である。

数学やモデルよりも言葉を好む

 第二次世界大戦以来、主流派経済学は、経済がどのように機能するかについての正式なモデルに基づき、ますます数学的になっている。主流派経済学の批判者が指摘するように、仮定を立てる必要があるものをモデル化するために、モデルと数学がますます複雑になるにつれて、それらを支える仮定は現実からますます乖離するようになった。モデルを生み出すこと自体が自己目的化したのだ。
 ミンスキーは数学の訓練を受けたが、彼は経済学者が物語のアプローチと呼ぶものを好んだ。言葉で表現された考えの方を重視したのである。アダム・スミスからジョン・メイナード・ケインズ、フリードリヒ・ハイエクまで、多くの偉人がこのような姿勢をとった。数学はより正確であるとされるが、言葉を使用すると、モデル化が難しい複雑な考え(不確実性、非合理性、活気など)を表現して思考することが可能となる。ミンスキーのファンは口を揃えて、彼のこうした姿勢が主流派経済学よりもはるかに「現実的」な経済観を生み出すことに貢献したと述べている。(以上)

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